第27話 川口実那美「テレビの事情」

「なんで、もっと緑の拳士グリーンを映さないんですか!」




 わたしは両手を振り上げ、課長のデスクに手のひらを「バンッ!」と叩きつけようとしたが、空振からぶった。


 その勢いで、両腕は背中の方にぐるんと回り、わたしの体は前に折れ、デスクに自分のあごをぶつけた。




 きっと、わたしを右側から見ると、平仮名の「と」みたいになっているに違いない。


 ド近眼であることも忘れて、自分のデスクに眼鏡を置いたまま、課長のところに来たせいだ。




「だから、それは番組のディレクターに言ってよ」




 中年太りを絵に描いたらこうなる。というテーマで絵を描いたらこうなる。


 そんな外見の課長は、わたしの顎の状態を心配する様子もなく、自身の腹を叩きながら言った。






 東都テレビのニュースレポーターとして働くわたしは、報道番組における映像の編集方針に不信感を抱いていた。


 ボウエイジャーと【漆黒の亡霊ブラックファントム】の妖魔獣が戦う映像を放送する際、明らかに緑の拳士グリーンの活躍シーンがカットされているからだ。




 それは、生中継のときも、さほど変わらない。




緑の拳士グリーンのよりも他の4人、特に赤の剣士レッド青の槍士ブルー桃の術士ピンクの3人を映すように」




 ディレクターがカメラマンにそう指示しているからだ。




 わたし自身、特に緑の拳士グリーンのファンというわけではなく、彼の肩を持つ理由もない。


 そして今、わたしが起こしている行動に、まったく意味はないのかもしれない。


 しかし、報道に携わる人間として、偏った報道、所謂いわゆる『偏向報道』を好ましく思っていないのだ。




 百歩譲って、これが政治的な思想に関わる内容のニュースなら、偏向報道をする理由はまだわかる。


 『こんな時代』である現代、反政府的な報道をするのは難しいからだ。


 しかし、ボウエイジャーの誰を映すかということに、政治的なしがらみがあるとは思えない。




「いいですか!」




 わたしは人差し指を課長に向けようと、振りかぶったが、わたしの人差し指は、わたしの目に刺さった。


 きっと、わたしを右側から見ると、アルファベットの「P」みたいになっているに違いない。




「うぐぐぐぐ……」


「川口くん、大丈夫?」




 さすがに今度は心配してくれた。


 わたしはなんとか態勢を立て直した。


 そして、痛みを堪えて言った。




「か、課長がディレクターに、ひとこと言ってくれるだけでもいいんです」


「だけどねえ……」


緑の拳士グリーンはテレビに映っていないだけで、実際は活躍しています!」


「知ってるよ」


「国民には、『緑の拳士グリーンは弱い』と思われていますが、実際は強いです! 本気を出せば、赤の剣士レッドにだって……、それは言い過ぎかもしれませんが」


「まあ、間違ってはいない」


緑の拳士グリーンに人気がないのだって、テレビに映ってないからです! ちゃんと、緑の拳士グリーンの活躍を映せば、人気だって出るはずです!」




 わたしは緑の拳士グリーンの魅力を課長に熱弁した。




 わたしの言葉に対し穏やかな課長は、いつも通りの穏やかな口調で、しかし、真剣な目でわたしを説得するように言った。




「……逆なんだよ」




 ……逆??




「僕ら民放にとって、一番大切なものってなんだ?」




 新入社員にするような質問だ。




「……視聴率です」


「そうだ。そして、その視聴率はスポンサーのためのものでもある」


「……はい」


「例えば、局でドラマを作るとき」




 課長は何故か、ドラマの話を始めた。




「演技は上手いけど人気がない俳優と、演技は途轍とてつもなく下手だけど、国民的人気があったり、超絶話題性があったりする俳優だったら、どっちをキャスティングする?」


「それは、もちろん……」




 後者だ。




「だから、活躍を映せば人気が出るんじゃなく、人気があるから活躍を映すんだよ」




 わかりやすすぎる。これが数字を取る方法だ。


 しかし……




「ですが、緑の拳士グリーンの演技は下手では……、つまり、弱いわけではありません!」


「同じだよ」


「え?」


「同じくらいの演技力だったら、人気がある方を使うでしょ。それだけ」




 課長は顔色をまったく変えずに言った。




「で、ですが……、他局との差別化を図るために、帝都テレビでは緑の拳士グリーンを推すというのもひとつの手かと……」


「その案自体は悪くない。だけど、どちらにしても緑の拳士グリーンに人気が出ないと話にならないよ」




 わたしは完全に論破された。


 課長自身に「論破してやろう」という勢いがまったく見えなかったことが、余計に自分自身を情けなく感じさせた。




 やっぱり、わたしの行動にまったく意味はなかった。




 わたしは、自分の席に戻った。


 そして眼鏡をかけた。




 確かに、緑の拳士グリーンは人気がない。


 それは、今見ている『特警戦隊ボウエイジャー ヒーロー人気ランキング』でも明らかだ。




 ボウエイジャーは5人しかいないにも関わらす、緑の拳士グリーンは10位。


 しかも、1位の赤の剣士レッドには、20倍以上の票数差をつけられている。




 この差をどうやって、追いつくか……


 しかし、このサイトって、誰が運営しているんだろ?




 わたしがサイト画面上の細かい箇所まで見ていると、ページの右下に文字を見つけた。




 『 Produced by MAITAKE 』




 マイタケ??




 どうやら、メールを送れるようになっているようだ。




 どうしよう。


 とりあえず、「緑の拳士グリーンを応援するサイト」的なものを作って、リンクを貼ってもらえるようにお願いするか。






「速報! 速報!!」




 電話を切った男性社員が叫んだ。




赤の剣士レッドが! ボウエイジャーの赤の剣士レッドが、銃撃されました!!」




「え!?」




 わたしだけでなく、課内全体にどよめきが起きた。




「川口! 若山! 行け!」




 課長が、わたしとカメラマンの若山くんに指示を出した。




「「はい!」」




 わたしは勢いよく椅子から立ち上がると、駆けだした。


 立ち上がったときに、眼鏡が落ちたことに気付かなかったわたしは、閉まっている扉に激突した。




 わたしの膝は折れ、腰は曲がり、床に倒れた。




 きっと、わたしを上から見ると、数字の「2」みたいになっているに違いない。




 そう! 今までわたしが体で表現した3つの文字を並べると!




『 と P 2 』






 まったく意味はない。

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