第27話 川口実那美「テレビの事情」
「なんで、もっと
わたしは両手を振り上げ、課長のデスクに手のひらを「バンッ!」と叩きつけようとしたが、
その勢いで、両腕は背中の方にぐるんと回り、わたしの体は前に折れ、デスクに自分の
きっと、わたしを右側から見ると、平仮名の「と」みたいになっているに違いない。
ド近眼であることも忘れて、自分のデスクに眼鏡を置いたまま、課長のところに来たせいだ。
「だから、それは番組のディレクターに言ってよ」
中年太りを絵に描いたらこうなる。というテーマで絵を描いたらこうなる。
そんな外見の課長は、わたしの顎の状態を心配する様子もなく、自身の腹を叩きながら言った。
東都テレビのニュースレポーターとして働くわたしは、報道番組における映像の編集方針に不信感を抱いていた。
ボウエイジャーと【
それは、生中継のときも、さほど変わらない。
「
ディレクターがカメラマンにそう指示しているからだ。
わたし自身、特に
そして今、わたしが起こしている行動に、まったく意味はないのかもしれない。
しかし、報道に携わる人間として、偏った報道、
百歩譲って、これが政治的な思想に関わる内容のニュースなら、偏向報道をする理由はまだわかる。
『こんな時代』である現代、反政府的な報道をするのは難しいからだ。
しかし、ボウエイジャーの誰を映すかということに、政治的な
「いいですか!」
わたしは人差し指を課長に向けようと、振りかぶったが、わたしの人差し指は、わたしの目に刺さった。
きっと、わたしを右側から見ると、アルファベットの「P」みたいになっているに違いない。
「うぐぐぐぐ……」
「川口くん、大丈夫?」
さすがに今度は心配してくれた。
わたしはなんとか態勢を立て直した。
そして、痛みを堪えて言った。
「か、課長がディレクターに、ひとこと言ってくれるだけでもいいんです」
「だけどねえ……」
「
「知ってるよ」
「国民には、『
「まあ、間違ってはいない」
「
わたしは
わたしの言葉に対し穏やかな課長は、いつも通りの穏やかな口調で、しかし、真剣な目でわたしを説得するように言った。
「……逆なんだよ」
……逆??
「僕ら民放にとって、一番大切なものってなんだ?」
新入社員にするような質問だ。
「……視聴率です」
「そうだ。そして、その視聴率はスポンサーのためのものでもある」
「……はい」
「例えば、局でドラマを作るとき」
課長は何故か、ドラマの話を始めた。
「演技は上手いけど人気がない俳優と、演技は
「それは、もちろん……」
後者だ。
「だから、活躍を映せば人気が出るんじゃなく、人気があるから活躍を映すんだよ」
わかりやすすぎる。これが数字を取る方法だ。
しかし……
「ですが、
「同じだよ」
「え?」
「同じくらいの演技力だったら、人気がある方を使うでしょ。それだけ」
課長は顔色をまったく変えずに言った。
「で、ですが……、他局との差別化を図るために、帝都テレビでは
「その案自体は悪くない。だけど、どちらにしても
わたしは完全に論破された。
課長自身に「論破してやろう」という勢いがまったく見えなかったことが、余計に自分自身を情けなく感じさせた。
やっぱり、わたしの行動にまったく意味はなかった。
わたしは、自分の席に戻った。
そして眼鏡をかけた。
確かに、
それは、今見ている『特警戦隊ボウエイジャー ヒーロー人気ランキング』でも明らかだ。
ボウエイジャーは5人しかいないにも関わらす、
しかも、1位の
この差をどうやって、追いつくか……
しかし、このサイトって、誰が運営しているんだろ?
わたしがサイト画面上の細かい箇所まで見ていると、ページの右下に文字を見つけた。
『 Produced by MAITAKE 』
マイタケ??
どうやら、メールを送れるようになっているようだ。
どうしよう。
とりあえず、「
「速報! 速報!!」
電話を切った男性社員が叫んだ。
「
「え!?」
わたしだけでなく、課内全体にどよめきが起きた。
「川口! 若山! 行け!」
課長が、わたしとカメラマンの若山くんに指示を出した。
「「はい!」」
わたしは勢いよく椅子から立ち上がると、駆けだした。
立ち上がったときに、眼鏡が落ちたことに気付かなかったわたしは、閉まっている扉に激突した。
わたしの膝は折れ、腰は曲がり、床に倒れた。
きっと、わたしを上から見ると、数字の「2」みたいになっているに違いない。
そう! 今までわたしが体で表現した3つの文字を並べると!
『 と P 2 』
まったく意味はない。
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