第15話 黒咲葉菜「二目惚れ」
こんなにもお強い男性を拝見したことはございません。
あんなにも華麗に、舞うようにお二人を倒されたのです。
もしかすると、わたくしよりもお強いかもしれません。
少なくとも、ボウエイジャーの
その緑埜さんは、わたくしの向かいの席に着座し、もじもじと申しますか、ぷるぷると申しますか、震えていらっしゃいます。
幸運(を装った)とはいえ、キツネさんを倒したわたくしに対しての、闘争本能による武者震いでしょうか。
それとも、わたくしという
もし後者なら、ご安心ください。
わたくしも、緑埜さんをお慕い申しております。
緑埜さんのお顔をまっすぐに拝見することすら叶いません。
ああ、これを恋と呼ばずになんと呼ぶのでしょう!
「それって、恋ですか?」
「――!? ぞ、存じ上げかねます!」
なんと直接的にお訊きになる方なのでしょう!
わたくしは、慌てて誤魔化してしまいました。
わたくしが、コーヒーがお好みでしたらブレンドがお勧めです、そう申し上げたときのことです。
助けていただいたお礼に、ご馳走をするという礼儀作法は存じております。
しかし、わたくしが伺うお店は、この辺りではこのお店しか存じません。
老舗の和菓子喫茶店です。
わたくしは、水面を揺れる桜の花びらを想起させる寒天ゼリーと、ほうじ茶をご注文いたしました。
緑埜さんのようにぷるぷると震える、とても可愛らしいゼリーです。
ただ、このようなお店で、緑埜さんにご満足いただけるのでしょうか。
「日常的には、どういったお食事処をご利用になるのですか?」
「いつもは……、会社の近くの『小江戸屋』っていう定食屋で済ましてます」
緑埜さんは、破れたスラックスの部位を気になさりながらおっしゃいました。
わたくしは、なんと
常識的な女性であれば、裁縫箱は常備しているものでしょう。
しかし、わたくしにはその用意がございません。
所謂、女子力が低いと言われる
破損原因がわたくしにあるとしても、新しい背広を買って差し上げることは、失礼にあたるのでしょうか。
わたくしがふと目をやると、緑埜さんの口が開いた
それが、イタリアの高級裁縫箱『ミラノクチート』だったからです。
「緑埜さん、それは……、その裁縫箱はいかがなさったのですか!」
わたくしは立ち上がり、『ミラノクチート』を指して申し上げました。
「え? いや、ちゃうねん。これはきのこさんって言う先輩にもろて……」
ちゃうねん??
何と何に相違があるのかは判然としませんでしたが、わたくしはお話を続けました。
「そちら、お使いさせていただいても差し支えございませんか?」
「あ、ああ、特に問題ありませんけど」
「では、お脱ぎください! わたくしが破れたスラックスをご修繕して差し上げます!」
「ええー! け、けど、代わりに
「こちらをご着用ください!」
わたくしは、キャバクラで着用するドレスのスカートを差し出しました。
「ぼ、僕が、コレを穿くんですか!?」
「ご心配無用でございます。クリーニングを施した後は着用しておりませんので!」
「い、いや、そう言うことやなくて……」
「奥にお手洗いがございます。そちらでお召し替えください」
緑埜さんは不承不承といったご様子で、お手洗いにお向かいになりました。
このようなところで、『ミラノクチート』に出会えるとは、なんという巡り合わせでしょうか。
きっと、きの子さんとおっしゃる先輩は、至極女子力の高い女性なのでしょう。
心配でございます。
ややもすると、その女性は緑埜さんのことを恋慕っていらっしゃるのかもしれません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます