第13話 緑埜航平「待ち伏せ VS 待ち伏せ」

 ――ピシャッ!


 女が男のほっぺたに強烈なビンタをした。




「痛っ! なにすんだよ!」


「あんた、今、あの女に見とれてたでしょ!」




 どうやら、カップルの横を通り過ぎた別の女を、男が目で追いかけてたようや。


 なんや? 今日はやたらカップルの喧嘩が多いなあ。




 特警本部を出て、目的地に向かってるときのことや。


 喧嘩カップルを三組以上見た。




 みんな酔うてんのか? 今日、金曜日か? ちゃうわ。


 この仕事してたら、曜日感覚がおかしなる。




 春のええ陽気やのに、喧嘩なんかすんなや。


 逮捕つかまっても知らんで。『こんな時代』やねんから。






 さあ! 着いた!


 ご存知、昨日のキャバクラや! その裏口や!




 ほんまは、客として店に入ろうかと思たけど、二日連続なんかで行ったら、まるでストーカーや。


 せやから、裏口で待つことにした。




 サラさんが出て来たところに偶然を装って、スタイリッシュなヘアスタイルとオシャレなスーツ姿の僕が声をかける。完璧や。




 夜遅くまで待つ覚悟してたのに、その時はすぐに来た。


 腕時計を見たら、まだ17時半や。




 最初に出て来たんは、昨日の黒服さんや。


 裏口の扉をゆっくり開けて、キョロキョロ、外を確認してる。


 何を気にしてるんや。


 そのあと、黒服さんが扉の中に声をかけた。




 そこで出て来た女性。サラさんや!


 ただ、その女性がサラさんやとは、すぐには気付かへんかった。


 昨日とは全然見た目がちゃうかったからや。




 キャバ嬢用のセットがされてない黒髪はまっすぐに長く伸び、前髪はぱっつん。


 エンジ色をしたふちの眼鏡が、めっちゃ知的さを増してる。


 胸元をしっかり隠した白のワンピース、淡い桜色のカーディガンが清楚なイメージのサラさんにぴったりや!




 なんでか、サラさんが背負った大きめのリュックからは、クマのぬいぐるみが顔を出してる。


 ぬいぐるみを肌身離さず持ち歩くタイプの子なんかな?


 普通やったら、ちょっと引いてまうとこやけど……、やる人によるんかな。




 とにかく、昨日とは雰囲気が全然違う。


 こんだけ違うサラさんに気付くのは僕くらいやろ。




 サラさんが歩いてる。


 歩くサラさんも可愛いやん。




 しかし、なんでやろ。サラさんのおしりの部分に目が行ってまう。


 ふわふわしたワンピースのせいやろか?




 むかし見た、ネットの情報を思い出した。


 男性が見る女性の体の部分は、年齢を重ねるほど下にさがる、っていう話や。




 小学生が見るんは女子の顔、中高生は胸、その後、腰、おしり、もも、足首と、興味を持つ場所が下がっていく。らしい。




 けど、そんな話はウソや。と気付いたんは、大学生のときや。


 理由は簡単。足の裏が大好きな高齢者とか、頭頂部に興味を持つ乳児を見たことがないからや。




 僕の興味をサラさんのおしりから切り離すことは難しかったけど、声をかけることにした。




「サ~ラちゃん♪」




 声をかけたんは、僕やない。




 裏口に面した道路の左手から現れた男。


 シベリアンハスキー、ネズミ、カピバラ。昨日の三人や。


 三人は昨日と違うサラさんに、あっさり気付いた。




「さ、俺たちと一緒に来てもらおうかな」




 手のひらを上に向けて、ヒョイヒョイと手首を曲げながら、シベリアンハスキーが言うた。


 サラさんの筋肉に力が入ったのは、遠目で見てもわかる。


 警戒してるんや。




「おーっと! 抵抗しない方がいいぜ! アニキはムエタイの世界チャンプだからな!」




 やっぱり、格闘技経験者っていう予想は当たってた。しかも世界チャンプ。




「まあ、『こんな時代』だから仕方ないと思って、大人しく付き合いな」




 シベリアンハスキーが、サラさんの手首を掴もうと、手を伸ばした。




「待て!」




 考える前に飛び出してもた。




「なんだ、お前?」


「ああ、きのうのヤツか」




 相手は三人。しかも一人は格闘家。


 その上、当然、変身できる状況やない。




 突如、シベリアンハスキーの振り回した足が、僕の顔の前に飛んで来た。


 空気を切る音が聞こえる。




 正直、僕は弱い。


 5人の中で、一番弱いかもしれへん。






 2秒はかかった。




 けど……、僕は、シベリアンハスキーとカピバラを倒した。




 世界中の人を強い順に並べたら、僕は100位にも入られへんかもしれへん。


 僕は、まだまだ弱い。






 ん? 今、一瞬、誰かに見られてるような気がした。


 すぐにサラさんに、視線を戻したけど、手遅れやった。




「危ない!!」




 気付いたら、ネズミが持つバタフライナイフが、サラさんの背中に迫ってた。

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