第16話 練習試合に向けて、三人の三年生

 四月も後半に入って、練習試合の日が近付く。


 サッカーは十一人で戦うスポーツだ。そしてレポロの女子チームには現在、十二人の選手が在籍している。


 つまり試合となれば、誰か一人がスターティングメンバーから外れることになる。


 それが一年生なら、まだいいかもしれない。三年間の間にスタメンの座を掴み取れ、と未来に希望を託すことが出来る。しかし――。



「今日はこのメンバーだけ、別メニューで練習するぞ」



 俺は三人の三年生を引き連れて、チサや結衣、心乃美たちの居るグラウンドから少し離れた場所で言った。ちなみにチサ達の練習はソフィに任せてある。


 最初の頃ならソフィだけに任せるなんて考えられなかったけれど、正直に言って俺よりも選手との良い距離感を保っている。元々サッカーについて知識がある上に頭の回転も速いからか飲み込みが早い。


 一時的になら一人でも任せられるぐらいに、ソフィは頼れるコーチになりつつある。


 ――連れ出した三人。千頭ちかみ由奈ゆな多々良たたらはる伊計いけいしお


 彼女たちはこれから何をするのか、状況から察しているのだろう。表情はそれほど明るくない。俺は真剣に悩んでいることをハッキリと伝えるために顔を引き締めて、率直に告げる。



「隠すことではないから正直に言うけれど、女子チームの基本的なスターティングメンバーは固まりつつある。今空きのあるポジションは二つ・・、左右のサイドハーフ、もしくはウイングだ」



 サイドハーフとは中盤でピッチの外側に位置する選手で、ミッドフィールダーに数えられる。一方のウイングは最前線の外側に位置する選手で、フォワードに数えられる。役割としてはそこそこに近しいものがあると言えるだろう。


 このどちらかを戦術的に選ぶことになるが、どちらを選ぶにしても左右で併せて二人が必要だ。


 女子チームはまずセンターライン(ピッチを縦に見て左右中央に別けた中央部分)を守備陣から順にポジションを埋めていった。


 ゴールキーパーとセンターバックを決め、ボランチやインサイドハーフなどの中盤、最後に最前線のセンターフォワード……。これまで監督的な役割をしたことがないからわからないことも多いけれど、こうして中央を重視して埋めていくことはサッカーのセオリーに適っているように思う。


 続けてサイド(ピッチを縦に見て左右)を守備から埋めていく。俺とソフィは主に守備を担当するサイドバックのポジションに、豊富な運動量を誇る二年生の双子を抜擢すると決めた。男子選手に走り負けることだけは避けたかったからだ。



「まずは三人の特徴を、もっと把握したいと思っている。例えば――由奈は足が速いけれど、何か特別な練習でもしていたのか?」



 問いに、千頭由奈が答える。



「一年間、陸上部で短距離をやっていました」


「なるほど……」



 彼女の足の速さはチーム随一だ。


 と言っても、それは百メートル走のタイムや最大速度の話で、瞬発力では果林や奏と言った小柄な選手に劣っている。また、ボールを持った状態(ドリブル)では結衣やチサに大きく劣る。


 サッカーで百メートルも走る機会はそうあるものではなく、むしろ二十メートル、十メートル、五メートルの速さのほうが活かしやすい。



「その間、サッカーから遠ざかっていましたから……。元々上手いほうじゃないですし、外れるなら私かなと」



 やはり、察知されているな。


 でも自分から『外されるなら私』だなんて言われるのは、あまり好ましくない。指導者としてチーム内競争の環境を上手く作れていない証拠だ。長所はあるのだから、もっと自信を持たせたい。



「じゃあ次に、春は――左利きだな」


「はい」


「左右に選手を配置しないといけない限り、左利きというのは有利に働く。右サイドならシュートが打ちやすいし、左サイドならセンタリングを上げやすい」



 センタリングはサイドから中央へ向けてのパスを指す言葉だ。例えば左側のサイドなら左利きの選手のほうがセンタリングが上げやすくなる。



「……でもセンターフォワード、果林かりんちゃんですよね」


「そうなんだよなあ」



 サイドから浮き球のパスをセンタリングしたとして、中で待つのは身長の低い一枝いちえだ果林。ヘディングで勝てるとは到底思えない。


 かと言って毎回毎回コロコロとグラウンダーでセンタリングを蹴っても、相手はゴールキーパーとセンターバックでこちらのセンターフォワードである果林を常に数的不利の環境に晒してくるだろうから、無効化されてしまう可能性が高すぎる。それでも果林なら、強引に抜け出しそうな気もするが……。未知数の可能性を計算に入れることはできない。



「もし春が左サイドをやるなら、低くて速いパスを覚えないといけないことになる。もしくは――」



 俺は最後に残った、伊計汐に視線を送った。



「私が逆サイドに入って頭で合わせるか……ですか?」



 汐の身長は守内真奈と同じく、高い。女子選手の中では明らかに長身で、男子選手も中学二年生までなら十分競り勝てるだろう。足も速いほうだ。身体的にはかなり恵まれている。


 しかし多々良春は言う。



「逆サイドは遠くて……。そこまで正確に強いボールを蹴る自信はないです。まず逆サイドの選手が見えるかどうかも……」



 試合中継だと斜め上空からの俯瞰ふかん視点になるから、見ている人間は全ての選手を見通せる。あの選手がフリーだとかここにスペースがあるのに――と、非常にわかりやすい視点だ。


 しかしいざフィールドに立つと、サイドから中央を向けば人が密集し、壁となる。その最奥にいる逆サイドの選手をしっかり把握することは難しい。



「三人はカットイン――外から中へ切れ込むのが得意だとか、好きとか、そういうのってないか?」



 攻撃的なサイドの選手にとって必須の武器と言える『カットイン』は、ピッチの外側から中央へ向かって切り込むドリブルだ。サイドの選手が中央へ入っていくことができれば、逆サイドが近くなるし、そのままシュートだって狙える。


 だが三人は互いの目を見合うだけで手を上げない。


 まあ、今までサイドの選手としての特別な練習というのはさせていないし、このチームにはチサや結衣という絶対的技術でドリブルを敢行する人間がいるから、ドリブルが得意だと自分から言い出すにはハードルが高くなっているだろう。


 三人とも、決して下手じゃないんだけどな。



「よしっ。じゃあ三人でカットインの練習をしてみようか」



 カットインは横に移動するドリブルだから、縦に突破するドリブルとはコツが違う。間合いや重心のかけ方、タイミング――。


 加えて、中央へカットインすると見せかけてサイドを縦に突破することも覚えないと、ワンパターンになってしまう。毎回毎回成功できるほど上手くて速いなら別だけど、その高みを目指すよりは選択肢を頭に入れておくほうがずっと現実的だ。


 千頭由奈、多々良春、伊計汐の三人は、全員――由奈はブランクがあるけれど――経験者ということもあって、練習を無難にこなす。


 取り立てて下手や不向きだと言い切れる選手がいない上に、それぞれにちゃんと長所がある。脚力、左利き、長身――。


 これはまだまだ悩むことになりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る