ユニフォーム

「大会前に、プレゼントがある」


 俺は女子チームの選手全員に向けて、声を大にして言った。

 続けて|徐『おもむろ』に、大きなダンボールを開け始める。

 選手にはこれまで、レポロの混成チームと同じユニフォームを着せてきた。練習試合ではビブスを付けてプレーしてもらっている。

 ――しかし、それが今日、変わる。


「背番号とユニフォームだ!」


 これからは女子チーム専用のユニフォームと、背番号がある。

 選手達は一様に喜ぶ。こういう時のはしゃぎかたは女の子そのもので、とても華やかだ。しかし少しだけ時間が経つと、徐々に静かになって、シンとなった。

 背番号を配る意味を理解している――ということだろう。


「小さい番号から順に取りに来てくれ。――まず一番、手島てしま和歌わか!」


 そこから一人ずつ、事前にソフィと話し合って決めた順番で、紙に印刷した通りにゆっくりと読み上げる。


「六番、釘屋くぎやかなで!」

「……私? 私が十二番でよかったのに」


 十一人で戦うスポーツで、一人だけ十二番の背番号を付けることになる。それはきっと、快く受け取れるものではないだろう。


「九番、一枝いちえだ果林かりん!」

「はっ、はい!」


 負けられない練習試合で決勝点を挙げた果林だが、あれ以来スランプに陥っている。

 柳の強烈なスライディングが、サッカーをプレーする上で初めての『恐怖』となったようだ。

 ――――それでも果林の脚力は武器になる。決勝点となったプレーも、果林が毎回裏を狙って走り出してくれなかったらきっと、成立しなかった。

 彼女は恐怖を得てもなお、勇敢に立ち向かったのだ。

 ――そして、ここまで結衣とチサの名前を、呼んでいない。


「十番…………」


 この判断は、正直迷った。

 本人が希望したとは言え、その通りに実行して良いものだろうかと。


寺本てらもと千智ちさと!」

「へっ、…………え? わ、私ですかっ!?」


 呼ばれるとは全く思っていなかったリアクションだな……。

 まあ全体がザワついているし、仕方ないだろう。


「十一番、伊計いけいしお!」


 読み上げると今度は、ザワつきを超えてシンと静かになった。


「十二番…………。瀬崎せざき結衣ゆい!」

「はいっ!」


 ただ瀬崎だけが、何の戸惑いもなく高らかに返事をした。




 ――――しばらく経って、ユニフォームを受け取った選手が、それを広げてキャッキャッと女の子らしく盛り上がっている。


「まさかオーナーと親父が意気投合してるとはな」

「パパらしいね……」


 上は白とピンクを基調として可愛らしくも上品に。

 下はユニオンジャック風のチェック柄で裾が少し広がった、日本の学校制服風に仕上がっている。いわゆるセーラー服というものはイギリス海軍が発祥だという話も聞くし、日本の女子中学生が着る服をデザインしてもらうにはデザインの相性が良かったのかもしれない。

 実を言うとこちらではすでにユニフォーム専門店と話を始めていて、レポロの指導者おじさん達が決めた無難でいかにもサッカークラブっぽい意匠で決まりかかっていたのだけど、ソフィが一字帰国した際に女子チームの人数が十二人だと伝えたところオーナーが「おいおい少なすぎるだろ」という感じで親父に電話。

「ユニフォーム可愛くしたら人集まるんじゃね?」「うちのデザイナーに作らせるぜ!」「そういえば日本にも人脈を作りたいところだったんだ」「レポロとうちのアカデミーで提携しないか?」とまあ、トントン拍子で話が進み、まずユニフォームの無償提供が決まって、次いで監督やコーチの人材交流が決まり、更に一息で選手の留学制度まで作り始めた。

 手を組んではいけない二人が手を組んでしまった気がする。 

 あまり攻めすぎなければ良いけど……。まあユニフォームに関しては選手にも好評のようだから、ありがたく受け取っておこう。


「結衣!」


 そして俺とソフィは結衣のそばまで行って、「本当に、これでよかったのか?」と訊ねた。

 彼女は一瞬キュッと口を結んで、自分を納得させるような仕草を見せてから、噛みしめるように言葉をつむぐ。


「……あの試合、私がやなぎ先輩のスライディングをかわせたかというと、無理だったと思う。浮かせて背中からパスを出すあのアイディアは、私には無かった。……私は、チサなら何とかするんじゃないかって、それだけで…………」


 確かにあのプレーは、才能と努力が結実した閃きだった。結衣にできない……というわけではなく、きっと、チサ以外の誰にもできない。


「前線を一年生に譲っておきながら十番なんて…………。そんなもの、私にはいらない。あの子達からポジションを取り返して、その上で堂々と要求させてもらうわ」


 ――あくまで勝ち気。

 そして頑固で強情。

 でも、劣っている点を認める度量がある。


「チサは、とんでもない先輩を持ったな」

「これから私が卒業するまで、とことん思い知らせてあげるわよ」


 頼もしい限りだ。

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