第22話 スタメン発表と、円陣
四月の最終日曜日。
この日の雨だけは勘弁してほしいと願ったことが天に通じたのか、快晴となった。
気温も四月としては適度に高く、絶好のサッカー日和と言える。
男子チームとの練習試合を控えた女子チームのメンバーは、普段の練習着にピンクのビブスを付けて、ウォーミングアップに勤しんでいる。
落ち着いていたり、少し神経質にしていたり、いつも通りだったり、やたらと楽しそうだったり。
――普段の表情とは、ひと味もふた味も違うな。
俺だって足が疼くというか、妙にふわふわした感じだ。
しかし今日最初の仕事は、浮き足だった気持ちでは務められない。
――彼女達にスターティングメンバーを伝える。
それはつまり、一人しかいないベンチメンバーが誰になるかを、本人と周囲全てへ伝えるということだ。
ベンチメンバーになる選手は、候補を三年生三人まで絞っていた。それでも最後まで、誰を控えに回してどんな二人を先発で使うべきか、迷ってしまったんだ。
だから金曜練習のあと、事務所にソフィと居残って、話し合った。
そしてその結論を、俺たちはすでに……三人へだけは伝えてある。
「スタメンを発表する!」
初めて会った頃に比べれば随分、彼女たちとの距離は縮まって、フランクな関係になってきたように思っている。
でもこの瞬間だけは、そういう関係性を全て否定するかのように、心臓が固く強張った気がして空気が重苦しい。
だからこそ、毅然と振舞う。
「ゴールキーパー――」
それから俺は、選手のポジションと名前を慎重に、ゆっくりと発表していった。
スターティングメンバーは、これだ。
ゴールキーパー
センターバック 右、
サイドバック 右、
ボランチ
インサイドハーフ 右、
ウイングフォワード 右、
「最後に、センターフォワード…………
発表の直後、彼女達は一瞬止まって、次いで「「「ええッ!?」」」と声に出して驚愕する。
「なんで私が控えなの!?」
その中、いつも通り一番手前にいた
「俺とソフィで決めた。先発はこの十一人で行く」
「納得いくわけないでしょ!? 男子チームなんて私とチサだけで瞬殺だって言ったじゃない! それに、私がフォワードっていう前提で練習だって……っ!」
「勝つために最良の手段を選んだ。これが認められないなら、
厳しい言い方だとは思う。
それでもサッカーというスポーツは、そういうものだ。試合に出たいからといって必ず出られるわけじゃない。
「文句を言うのはいい。陰口を叩いても構わない。果林が俺達のことを嫌いになっても受け入れる覚悟はある。――――それでも、この場では従ってもらう」
今日の俺は、女子チームの監督だ。
監督の意見は嫌だろうが納得がいかなかろうが、受け入れなければならない。
あの勝ち気な瀬崎結衣だって、三十一番のユニフォームを渡されても、監督には文句の一つも言わなかった。表情には滲み出てたけど。
「…………それで、勝てるんですか?」
一枝果林だって、一つも納得していない顔をしている。
試合に出たい以上は誰だってそうなる。実力と自信があるなら尚更だ。
しかしこの質問は、俺とソフィの判断を納得しようと、受け入れようと、彼女なりに努力しているようにも受け取れた。
「勝つための戦術だ。必ず、全員の力で勝つ」
「…………わかりました」
果林も頭の悪い選手ではない。俺が『勝つための戦術だ』と主張する裏にある本当の意図を、きっと、察知してくれる。
「フォーメーションは4―1―2―3。守備陣はインサイドハーフの結衣とチサにボールを集めろ。前の三人はどんどん中に入ってシュートを打て。変にサイドに開くより、強引に中央をこじ開けるんだ。いいな」
「「「はいっ!」」」
果林を外した動揺がもっと広がるかと思っていたけれど、選手達に
「よしっ。じゃあ円陣を組もうか」
「日本の円陣、見るの初めて!」
俺とソフィは、選手達に円陣を組むよう
しかし――
「円陣の練習なんて、してないですよ」
瀬崎結衣から冷静なツッコミが入る。
まあ…………そういえばそうだな。やらせた覚えもない。
「なんでもいいよ、気合いが入るなら。というか、レポロで普段やってるのでいいだろ」
俺は言うが、
「折角やるなら、二人も入りましょうよ」
チサが妙なことを言いだした。更にキャプテンの守内真奈が凜々しい顔で続ける。
「あっ、じゃあ啓太さんにやってもらおうか! 年長だし、少なくとも私たち三年生は、昔は一つ上の啓太さん達の組む円陣に入りたくて頑張ってたんだ。結衣だって――。私がやるより、絶対気合いが入る!」
…………なんか、妙な展開になってないか?
「おいおい、監督役が声出ししてどうするんだよ。こういうのは選手が一丸となるためにだな――」
「ケイタ、勝つためには円陣も大切だよ! 手本になってあげても良いんじゃないかな?」
……ああ、思わぬ展開になってしまった。
手本と言っても、そもそも得意じゃないんだよ。円陣で声出しをするなんて小学生以来だ。成長して声も低く変わっているというのに……。
とはいえ、ここで『嫌だ』なんて言ったら士気が落ちるだけ。
彼女たちのためにも覚悟を決めるしかない――か。
「わかったよ。――全員、肩組むぞ」
左隣にはソフィ、右隣にはキャプテンマークを腕に巻いた、守内真奈。
こうして円陣を組んでみると、
最初の頃は選手の特徴も把握できていなくて、自発的なチーム分けを
あれからたった一ヶ月しか経っていないのに、懐かしくすら感じるから不思議だ。
ぎこちなかった最初の練習。
雨の日のフットサル。
チサとの対戦。
三対一で彼女たちを相手にしたあの日…………。
思い出すと本当に懐かしくて、笑ってしまいそうになる。
僅かに前屈みになると、俺は声のトーンを意識的に落として、円陣を組む全員へ語りかけた――――。
「準備は良いな? ここから女子チーム――
一人一人、こくりと頷いて、シン――と静まった。
一瞬の間を置いて、スッと息を吸い、声を張る。
「行くぞ!」
『おおッ!!』
「勝つぞ!」
『おおッ!!』
「魂を一つに!」
『魂を一つにッ!!』
気合いを入れて、全員がピッチに駆けていく。
こうして選手を見送る立場になったことはない。彼女たちの後ろ姿が目に眩しく映った。
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