第7話 はじめての練習

 自己紹介を整理すると、二年生は瀬崎せざき結衣ゆい釘屋くぎやかなでに加えて、センターバックに久瑠沢くるざわ心乃美このみ


 そして中央よりもサイドの守備が得意と語る、サイドバック希望の双子が一組。


 合計五名のうち、守備的選手が四名だ。



 おいおい。守備的なポジションがほとんど二年生じゃないか。まさか三年生が押し付けたりしてないだろうな。


 ――なんて考えたりもしたけれど、杞憂だった。



 三年生は、まずゴールキーパーが一名。手島テシマ和歌ワカ


 背は成人男性並で、小学校高学年からゴールキーパーを専門としていたそうだ。


 最後までこのポジションを名乗り出る選手がいなかったらどうしようかと悩んでいたから、幸いだ。



 ゴールキーパーは、サッカーの中で『最も特殊なポジション』であり、冷静な判断力に勇敢な精神、そして身体能力フィジカルが求められる。


 蹴球と呼ばれるサッカーで唯一、手を使うポジション。


 しかしどんな状況でも手が使えるというわけではなく、足でボールを扱う技術も必要となる。


 ペナルティエリアを出ると手は一切使えなくなってしまい、例えペナルティエリアの中であっても味方から蹴られたボール(パス)を手で受け取れば反則だ。意外と手を使えない場面は多い。


 手を使えない場合には足や頭を使うわけだから、ヘディングだってできなきゃ困る。


 そしてそれら全てにおいて


 ゴールキーパーより後ろに味方選手はいないのだから。



 そんな特殊なポジションだが、サッカーをするならば誰か一人が必ず務め上げなければならない。


 経験者や適性者がいなかった場合、この年代から習得させてすぐに形にしようとしても付け焼き刃となって、良いプレーをするのは難しいだろう。技術の習得には時間がかかる。



 そういう事情もあって、FCレポロでは適性と希望がマッチングした場合に限って小学生から『ゴールキーパー専門のコーチ』が付く。


 彼女はその一人、ということだ。



 次いで、これまた長身のセンターバックが一名。


 ポジションは指定しないが、足の速さが売りだと明言する選手が一名いて、更に攻撃的ポジションの希望が二名。


 一人は左利きでもう一人は長身と、それぞれ特徴がある。



 一年生が二名。


 二年生が五名。


 三年生も同じく、五名。


 これで合計、十二名だ。



 俺は選手達の名前が書かれた紙の余白に、基本的な4―4―2のフォーメーション(陣形)を書いて、各ポジションへ名前を当てはめてみた。


 4―4―2とは、絶対に置かなければならないゴールキーパーを除いた十人の選手(フィールドプレイヤー)を、守備から順に人数分けした呼び方だ。


 つまり4―4―2は、



 守備を務めるディフェンダーが4人


 中盤で攻守に動くミッドフィールダーが4人


 ゴールを奪う役割のフォワードが2人



 こうして役割が分担されていることを表す。


 他にも4―3―3や5―3―2など、様々なフォーメーションがある。


 だがサッカーの基本は4―4―2だと言われることが多い。


 最も古いフォーメーションというわけではないが、サッカーの母国と呼ばれるイングランドや、サッカー王国ブラジルで伝統的に採用される形だからだろう。


 実際にイングランドでは古くからFourフォーFourフォーTwoツーというサッカー雑誌があり、由来はフォーメーションの4-4-2だ。



 選手の希望を聞いただけだから、適当に当てはめるだけではポジションが偏るかと思っていた。


 しかし守備陣がほとんど固まっていることもあって、思っていたよりも適度にばらけてくれそうに感じる。


 ただ、希望するポジションと適性ポジションが違うなんてことはザラにある。できる限り好むポジションをやらせてあげたい――という気持ちはあるけれど、適性ポジションで評価を得てそれを自信に変えたほうが、後々楽しくなるケースも多い。


 この辺りの判断は難しい。適性ではなくともチーム事情によってポジションを変えることもあるだろう。


 ――ま、今はまだ考えなくていいか。初日だし。



「じゃあ、まずは基礎練習から始めよう」



 俺は、親父やこれまで教わってきた指導者達の姿を思い起こし、見よう見まねで選手達にマーカーコーン(グラウンドに置く円盤状の印)を使った『ジグザグドリブル』や、単純な『パス交換』をさせて基本技術の確認をした。


 これらは幼稚園児でもできる練習だ。しかし基礎的なものだからこそ、プロでもやる。


 野球で言えば素振りやキャッチボールに相当するだろう。



 次いで少しだけ難易度を上げて、『鳥かご』(複数の選手で攻撃チームを組み、守備の選手にボールを奪われないようにパスを回し続ける)をさせてみようと思い、ソフィに声をかけた。



「ソフィ、鳥かごはわかるか?」


「ウグイスでも飼うの?」


「いや、そうじゃなくてだな……」


「鳥は苦手かな。食べ物に見えるから」



 まずいな。いや鳥肉はうまいけど。


 というか……ウグイス、食べるの?


 ――――って、ああ。



「『ロンド』だよ」


「なんだ。それぐらいはわかるね!」



 鳥かごは日本独自の呼び名で、一般的にこういった練習はロンドと呼ぶ。


 サッカー用語ってなんでこうも統一されないんだろう。


 基本的なポジションや役割の呼び名ですら、国によって違う。


 そもそも日本ではサッカー、アメリカでもサッカー、アメリカと同じ英語圏のイギリスではフットボール……。謎だ。



「ロンドなら、トップチームの練習で見たことがあるよ! あれをやらせればいいかな?」


「どんだけレベルの高い鳥かごをさせる気だ」



 世界最高峰の舞台で戦う選手がやる鳥かごと中学生のそれは、別物だ。


 ソフィはオーナーの娘だし、恐らく、どちらかというとアカデミーよりトップチーム(プロの一軍チーム)のほうを多く見ているのだろう。


 俺は溜息を一つ吐いて、選手達に指示を出す。



「まずは攻撃三人、守備一人――」



 そこから人数とプレーエリアを増減して、攻撃側の難易度を調整する。


 鳥かごは守備の人数が増えたりプレーエリアが狭くなると、途端に攻撃側の難易度が上がる。


 ソフィの言うトップチームの練習では、信じられないぐらい近い距離でも奪われないロンドが成立することがあり、それ自体がちょっとした見せ物として話題になることもある。


 でもそんなものは、トッププレイヤー同士だからできることだ。



 一方、適度に調整された鳥かごならそれほど難しくない。


 むしろポンポンとパスを続けることでリズムよく練習ができる。


 その上である程度実践的でもあるからボールを扱う技術レベルや判断力の差が現れやすく、選手の力量を見たい今の状況には、うってつけだと考えた。


 難しい場面で焦る選手と、そうでない選手――。


 個人的な経験と印象から言えば、どのパスコースを通したがるか、なんてのも性格と技術が現れる。例えば決定的なパスを供給しようとする選手は鳥かごでも意表を突いたり、難しいコースのパスを通しがちだ。



「OK! そこでパスっ! ああ、惜しいね! 次はできるよ!」



 ソフィは左手に持ったスマホで練習風景を撮影しながら、器用に声かけをしている。


 思っていたよりも、コーチ風に振る舞えているな。


 というか……なんか、俺よりコーチらしくないか?


 やっぱりコーチって、声かけができないと難しいのかな。……とりあえず、やってみるか。



「あ、えー…………と。あ……惜しい、うん、……そう、あー……んー……もうちょっと」



 ……これ、声かけじゃなくてボソボソ感想を溢しているだけだ。我ながら嫌な指導者だと思う。


 しかし、なんて声をかければ良いのかわからない。指示はできるんだけど……。


 元々喋るほうじゃないし、中学時代に至っては英語が馴染まずに余計に黙ってしまった。


 加えて、相手は選手といえど女の子だ。困ったな、これは。



 最後、レポロの『練習後は楽しく試合を!』という絶対遵守の不文律ようなものに倣って、六対六でポジション無指示のミニゲームをやらせてみた。選手同士も初対面の人間がそこそこいるようで緊張も見えたが、徐々に慣れてきたのか笑顔が見え始める。地道な基礎練習よりも試合のほうが楽しいというのは、ほとんどのチームスポーツで共通項だろう。


 鳥かごに続いて、指示を出さない試合形式のプレー。ここで選手のレベルや性格、長所短所の特徴を更に把握できる。


 まずは選手の個性がわからないと、試合はおろか練習の方針すら決められない。



 あとはチームの目標が必要だ。無目的な練習なんて、最初は楽しくても長くは続けられない。

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