大雨と、僕の最後と先生と。

夕凪霧子

第1話

 特に大きな理由もないのに死にたいと思い続けながら生きるのって、なんて苦しいことなんだろう。

 僕は今日も、死にたいと思いながら生きている。人生最後にしたい小説を、書いている。


「とりあえず、それを続ければいい」

 僕にとって最高に残酷で、生き地獄かと思わせるようなことを言ったのは、僕が通う高校の先生だった。学校の先生という人間は、死ぬなとか、生きてたらいい事あるかもよとか、そんな綺麗事を並べるのが普通だと思っていた。実際、何が普通か、常識かなんて僕には分からない。けど、少なくともその先生は、先生らしくない先生だと、思った。

 その先生のことを紹介しながら話を進めていこうと思う。


 先生は一年生の時から隣の隣のクラス(僕の学校は珍しくクラス替えがない)の担任をしていて、顔見て頑張って名前を出せる、くらいのレベルで話したことは一度もなかった。一度、廊下で先生が僕の友達と他愛のない話をしていて、その内容を聞いて変な先生だという印象がついたくらいだった。

 二年生になって初めて、先生が僕のクラスに授業しに来ることになった。それでも特に僕の中での先生の印象は変わらず、“隣の隣のクラスの担任をしている変な人”だった。

 しかし何回か先生の授業を受けるうちに、先生は変な人じゃなくて話すのがとても上手くて面白い人だということ(もしかしたら変な人かもしれないとはたまに思うけどまぁ気にしないことにして)、その性格からか結構人気があるということがよく分かった。そして、生徒を大切にしているということがよく伝わってきた。僕がその先生を気に入ってるとか、嫌いだとかは置いといて、とても好印象だった。

 少しずつ接していくうちに、いつも楽しそうで面白い先生と、友達も少なく人前で話すのも苦手な冴えない僕の、共通点を見つけた。

 それは、生きるのに積極的じゃないという事。

 先生も、「いつ死んでもいい」人間だった。だから、僕はこの先生にちょっとした悩みを話してみようと思えた。妙に幸せオーラが出てる人や、個人的に気に入っててよく話す人には、接し方が変わるのが怖くて相談したくなかった。


 僕の悩みは、長ったらしいので割愛する。とりあえず家庭環境に関わることだった。先生は話し上手だと前に記したが、聞き上手でもあった。恥ずかしいことながら、僕はちょっぴり……いや、ちょっぴりの限度を超えるくらい、泣いた。そして自分で思ってるよりも遥かに話し下手だった。悩みを相談するということ自体が初めてで、とても怖かったというのもあったんだろう。でも、上手く話せなくてもしっかり聞いてくれた。それから、「自分は別のクラスの担任だから、貴方の担任にも知ってもらおう」と言われ、担任にも話すことになってしまった。担任は、“幸せそう”で、僕が個人的に“気に入ってる人”というやつだった。もう嫌だ、話せない。話したくない。そんなことばかりが頭の中をぐるぐるしていて、泣くことしかできなかった。そんな僕の姿を見て、いつも笑顔の僕しか知らない担任は驚き戸惑ったことだろう。今でも恥ずかしくて消し去ってしまいたい思い出だ。そんな中、先生は最初の触りだけ、担任に説明してくれた。何も知らなかった担任は、少し事情を知ってる担任になって。それだけでも、すごく話しやすくなっていた。

 僕は全てを話し、担任は学校が閉まる時間なのに、聞いていてくれていた。話し終え、なんだか最悪な気分の僕に、先生は空気をガラリと変えるような笑わせることを言った。

「うわ、真っ暗。……学校で肝試しって絶対楽しいですよね、今度やりません?」

「先生と俺で?嫌ですよ」

「いや、三人で。担任先生絶対怖がるし俺一人で対処できない……」

 そんなことを、先生と担任は話していた。気をつかってくれているんだ、と感じ取れた。学校を出たのは20:30頃だった。


 その頃僕は精神的におかしくなっていたようで、自身で肌に傷を作ったりもした。いわゆる自傷というやつだ。その傷が治りかけると、もう一度同じところに傷を作った。それは今も続いていることで、今ではどうしてこんなことをしているのかが分からない。分からないのに続けることしかできなくて、もう喫煙者のことを非難はできないなと思った。先生も自傷のことは知っているが、特に何も言ってくることはなかった(たまにやりすぎな時は止められた)。行為そのものを非難するような人じゃなくてよかったと今では思っている。

 自傷をし始めた頃、僕は完全な不登校になり、学校を辞める瀬戸際までいった。正直、当時はやめてもいいと思った。こんなに休んで、今更戻れないと思った。けど、不登校になる前に担任に「一緒に卒業しよう、約束」と言われたことがどうしても忘れられず、5ヶ月ほど行っていなかった学校に行った。理由を聞かれたらどうしようというのが大半を占めていて、とても怖かったのを覚えている。しかしさすが高校生、そんなズケズケと聞いてくるクラスメイトもおらず、迎え入れてくれた。勉強もすぐ追いつけた。


 ただ死にたいのは変わりなくて、どうしてだろうとよく思い悩んだ。家庭環境の件はほとんど解決したに近いし、学校は好きな方だ。じゃあなんで死にたい?僕は何が嫌で、こんなにも死にたいという感情が強いんだ?自分が分からなかった。理由もないのに死にたい感情だけがあって、自殺もしようとしたりして。こんなに疲れる人生生きてて無駄だと思った。僕はその考えを先生に呟いたことがある。そしたらなかなかの名言(?)が返ってくることを知った。

「なんで生きてるんだろ」

「今死んでないからだよ」

「理由ないけど、とにかく死にたい」

「今までそれを続けてきたんだよね、とりあえず継続継続」

 きっと、もう理由もなく死にたい僕を救う方法はなかったんだろう。気を紛らわすことが一番だと思ったんだろう。でもそのおかげで、ずっと死にたかった僕が今日までこうして生きることができた。先生は天才だ。これからも生きて、たくさんの人を救ってほしい。僕の最後の小説は、キリが悪いがこんなところで終わりとする。


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 ____こんな小説、黒歴史でしかないな。先生に書いてみって言われたから遺書代わりに書いてみたけど別に遺すことなんてないし。学校で死ぬけど別に学校のせいじゃないってことだけが伝わればいい。

 そんなことを思いながら黒歴史のつまったスマホを机の上に置き、僕は教室の前の窓を開けた。今日は台風が近づいていて、ほとんどの生徒は既に帰宅していた。


「今日は絶好の自殺日和だ」


 僕はそう呟き、ベランダの柵に手をかける。


 でもその日もやっぱり、死ぬことは出来なかった。

 僕は今日も、死にたいと思うことを継続させて生きている。これが正解なのかは分からない。でも、続けるしかないんだ。弱い人間は、自分で死ぬことすらできないから。



 辛いと思いながら明日を生きるのもアリじゃないか?死にたいと思うことを継続し続けて、生きていくという選択肢もあるんじゃないか?なにか本当に辛いことがあったら。僕の周りには頼れる大人がいた。周りをよく見て、頼れそうな人を探すといい。本当にいなかったら、逃げてしまうのもアリだと思う。

 そうやってたくさん考えたあとに、死ぬ道を選ぶなら、僕はそれを肯定したい。


 __そう、全国の死にたい人に送りたい。


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大雨と、僕の最後と先生と。 夕凪霧子 @yunagi_kiriko

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