4 不思議な子

 不思議な子


 プロローグ


 この教室には一人、不思議な子が混ざっている。


 本編


 不思議な子


「とても怖いものがくるわ」

 ある日、唐突なタイミングで不思議な子がそう言った。

 それは授業中のことで、不思議な子は窓際の真ん中の辺りの席に座っていたのだけど、急に立ち上がって、みんなに向かってそう言った。

(みんなぽかんとした顔をしていたし、先生はチョークを止め開いた教科書を手に持ったまま、後ろを振り返って、不思議な子のことをじっと驚いた顔をして見ていた)

「怖いものってなにが来るの?」

 不思議な子の隣の隣に座っている、少し変わった子がそんなことを言った。

「怖いものは怖いものよ。すっごく、すっごく怖いもの」

 不思議な子は少し変わった子を見てそんなことを言った。

 二人の間に挟まれるようにしていた、無口な子は、ずっと黙ったままぼんやりとなにも書かれていない真っ白なノートのページを見つめていた。


「それって、もしかして地震、とかかな?」

 透明な子が教室のいちばん端っこの席からそう言った。(だけど、教室の誰も透明な子の言葉になんの反応も示さなかった。もちろん、先生も)

「先生。不思議な子ちゃんが言っているのは、もしかして、地震なんじゃないですか?」はい、と言って手を上げて、きちんと先生から「はい、無垢な子ちゃん」と指示を受けてから、席を立ち上がって、学級委員長の無垢な子がそう言った。


 みんなその無垢な子の言葉を聞いて、「え? 地震が来るの?」と言って、教室の中は軽いパニック状態になった。

 実は不思議な子には予知能力があって、(本当にあるのかどうかはともかくとして)この間、とても大きな地震があった日に、その地震が来る前に、「先生。地震が来ます。ここは危険です。みんなで小学校の外に逃げましょう」と提案をして、(逃げることはしなかったけど)本当に地震が来て、その通りになったという事実があった。教室のみんなはそのことを知っていたから、本当に地震が来るとほとんどの生徒が思ってしまったのだった。


「どうしよう? 僕も教室にいない子みたいに家に閉じこもっていればよかった」と教室にいない子のことを思い出しながら(あんまりうまく思い出せなかったけど)窓際にいる子が言った。

 窓際にいる子はそれからそっと、窓の外を見た。もしかしたら、いざとなればここから飛び降りて、地震の被害から逃げ出そうかと考えていたのかもしれない。


 もしかしたら、窓際にいる子はもともとそう言った窓から飛び降りたい願望のようなものがあって、地震を口実にして、窓から飛び降りるつもりなのかもしれない。(窓際の席を選んだのも、窓からすぐにいつでも飛び降りることができるからかもしれない)

 と、そんな不謹慎なことを空想ばかりしている子は、(騒ぎの中)そっと窓際にいる子のことを観察しながら、いつものように少し突飛な空想をして思った。


「みんな。落ち着いてください。地震はきません。怖いものもきません。ここは平和です。世界で一番安全な場所です。だから落ち着いてください。ほら、みんな。席に戻って。それからそこで一度深呼吸をして。落ち着きましたか? 落ち着いたのなら、授業を再開しますよ? あ、それと不思議な子ちゃん。そんな風にみんなを怖がらせるようなことを突発的に言わないでください。授業の邪魔になりますからね」

 と先生は言った。


「ごめんなさい。先生」と不思議な子ちゃんは先生に謝って、しゅんとしてから自分席にきちんと座った。

「わかればいいんです。では授業を始めます。えっと、どこまで続けましたっけ……」

 そんな風にして先生は社会の授業を再会した。


 結局そのあと、地震が来ることもなかったし、とても怖いものがやってくることもなかったし、少し変わった子が普通になることもなかったし、無口な子がよくしゃべるようなこともなかったし、透明な子がみんなに認識されることもなかったし、無垢な子が純粋無垢でなくなることもなかったし、教室にいない子が教室にやってくることもなかったし、窓際にいる子が窓から飛び降りることもなかったし、空想ばかりしている子が空想を止めることもなかった。


 先生はいつまでも先生のままだったし、そして不思議な子は、いつまでたっても(今日のことで反省もせずに)不思議な、不思議な子のままだった。


 不思議な子 終わり

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