第5話

「中一からアカネと付き合っとけば、アカネの乳房をずーっと毎日揉みまくれたのに、一回も揉めなかったと気付いたときのオレの人生に対する絶望感。本当に死にたくなった。オレは何の為に生まれてきたのかマジで自問自答した。オレの人生の意味は? 父親と母親、あいつら結婚して子供まで作ったのに、男と女の当たり前の姿・形・あり方をなぜ否定した? それをなぜオレに押し付けた? それが致命的に間違ってたことに死ぬ前に気付いていたのか? そのことを死ぬほど後悔していたのか? もう手遅れだがね。アカネはオレの代わりに誰か他の男に厭きるほど乳房を揉まれまくったと心から願う、それが小中高のオレの同級生で、オレが殺したいほど嫌いな男でもいい! でなきゃアカネが可哀想だし、それこそが女の幸せというものだ。オレマジで死んでもいいんじゃないか。もういいだろ。何もないだろ。死んでいいだろ。つくづくヤクザになっとくべきだったと思うよ、ほんと。どう考えてもオレの天職はヤクザだった。踏み切れなかったのは父親と母親のせい? あいつらに腰抜けに洗脳されてたから? アフリカで産まれてすぐ死ぬ赤ん坊とオレの生の価値・意味は? 違いは何だ? オレはその赤ん坊たちより運がいいのか? 恵まれているのか? その幸運? を生かせなかったオレの自己責任? もともと最初からオレはそうなる運命だった?」


 言ってTはふと間をおいた。


「アカネより父方のばあちゃん家の近所にいた女の子のほうが良かったから、アカネを相手にしなかっただけ。アカネよりセイラのほうが良かったから、アカネを相手にしなかっただけ。アカネと付き合うのは簡単だったが、そしたらアカネと結婚することになるから、アカネを相手にしなかっただけ。アカネよりパッチリした大きな目の女の子、北斗の拳のユリアみたいな顔の女の子が良かったから、アカネを相手にしなかっただけ。そんなのいるわけないのに! アカネよりもっと良い女がいると思ったから、アカネを相手にしなかっただけ。ばあちゃん家の近所の女の子に会いに行きたかったが、そうしなかったのは、まさにこれだけは、父親と母親のせい。それ以外はオレの意思の結果、自業自得。いや、ばあちゃん家の近所の女の子の場合も、自転車で会いに行こうと思えばできた、そうしなかったのはオレの勇気のなさ、自分の気持ちに対する自信のなさ、ばあちゃんの心情を理解できなかった、オレの思考能力の欠如のせい。今にして思えば、ばあちゃんはあの娘とオレをくっつけようとしてた、明らかに! ばあちゃん家の近所の女の子は瞬間的過ぎて確信が持てない。オレの限界、オレがそこまでの奴だっただけ。結果として、オレが付き合えた、妻にできた可能性のある女の中でアカネが一番マシだから、あのときアカネにしておけば、中一からずーっとアカネの乳房を揉みまくれたとか泣き言を言ってるだけ。これが全てだ!」


 誰に向かって言うでもなく叫ぶと、Tは『燃えよドラゴン』でブルース・リーが妹のかたきを踏み殺したときとそっくりの表情をし、しばし虚空こくうを見つめた。


「オレは母親と父親から、悪いことは絶対にするな、間違ってる人間は正さなきゃいかん、この二つを刷り込まれたせいで──言ってる本人たちが全くできてないことなのによ! 悪いことはするな、これは小心者の母親と父親にはそもそもできないだろう、だが、間違ってる人間は正さなきゃいかん、これも小心者の母親と父親には全くできていなかった! ──性的なこと、イコール、悪いことと思い込み、女の子に超奥手になり、ちょっとでもおかしいこと、おかしい奴には即怒りを覚えるようになった、これがオレの全ての失敗の原因、怒りの原因だよ。ただし好きな者同士ならおっぱい突つこうが揉もうがキスしようがOKだということは教えなかった──あいつらに教えられるわけがないが。逆に、オレに、女の子にエッチなことをするのは悪いこと、犯罪だと思い込ませたのだ。あいつらに洗脳されたせいで、恋人だったらOK、恋人じゃなくても相手がオレを好きならOK、そもそも思春期になったら男と女はイチャイチャするようになるのが必然、自然の摂理という肝心なことがわかってなかった! これがわかっていたら、小六のときエッチの〇〇とか言われても全く気にならなかっただろう、あーあ。小六のとき、小二のときにちょっと同級生の女の子と軽くじゃれたことをからかう奴がいたのだ。さっきイニシャルで言った奴らの中の一人だ。名前でからかってくる奴は間違っていてクズ、実際その通りだが、だから絶対ゆるすなという洗脳から来る条件反射の怒りを押さえられなかった、なのに同時に暴力は悪いこと、犯罪という洗脳から手を出さずに我慢するという矛盾、これでオレは壊れた。可哀想なオレ! そりゃ壊れるさ、壊れて当たり前だ。もう一度言う、可哀想なオレ! 今頃になってこんなことに気付いたところで、あとオレに何かあんの? 人生の帳尻合わせできんのか? ああ? 無理だろ……オレの力じゃ。奇跡でも起きない限りは。できたらまさしく奇跡。結局オレが悪いって言うけどよ、そもそも小六の時点で母親と父親に完璧に思考改造されてたオレにまともな判断ができたと? できねえだろ! やっぱダメ人間にまともな人間は創れないだろう、いくら子供が優秀でもってか優秀な子供がダメ人間の言うことを素直に聞いてればそりゃおかしくなるだろう! オレだよ! いや、おかしいものをおかしいと認める冷静な頭脳、いくら親の言うことでもおかしいものはおかしいと認める勇気、親より自分の気持ち・意思を優先する精神の強さ・自立心・独立心、それがオレには欠けていた、どこが優秀だよ。失笑ものだよ。やっぱ欠陥個体だよ、あの母親と父親の子供だからよ。いや、でもそういう人間に思考改造されてたんじゃねえの。そういうものを持たないように、そういうものが育たないように。オレの責任か? それでもオレの責任か? オレなんにも悪くねえだろう、全面的に母親と父親の責任だろ。でも母親と父親に責任取れるか? 無理だろ。だからオレの運命だったんだよ、こうなるのが最初から。何の為? これから先どうなる? それが知りたいんだよ! 失意のうちに自殺する運命なら誰かハッキリそれを教えてくれ! 死ぬから」


「いやおまえ死刑だし」


 思わず口に出しかけたが村西は踏みとどまった。


 完全に狂ってるなこいつは。いい歳して恥ずかし気もなく、父親がー、母親がー、ときたま天皇家、アカネのおっぱいチューチュー、自分で言ってる通り、とっくに狂ってるよ。


 ふと奇妙な考えが頭をよぎる。


 待てよ? ひょっとして一度も女にモテない悲惨な人生の末、野垂れ死んだキモオタの霊がこの若者に憑依して喋ってるってことはないか? それなら理解できなくもない、このどう見ても若く美しい男がさっきから話していることは。


 即座にその考えを否定する。


 馬鹿馬鹿しい。憑依だと? 悪霊に憑依されて殺人を犯しましたなんて裁判で認められたことはないし、これからもあり得ん。とにかくこの調書はヤバいな。こいつの精神鑑定もヤバい。よくキチガイのふりをして死刑を免れようとする小物がいるが、こいつは小学生でもわかるマジもんのキ印だ。正しく鑑定すれば、間違いなく精神異常で強制入院措置がとられることだろう。こいつは死刑を免れる。だがまぁ、アメリカやヨーロッパならまだしもここは日本だ。殺した相手がZ務省トップのお歴々で、そのご家族を強姦したとあっては、国家権力の持てる全てを行使して死刑に持って行くだろう。なんせこの国・日本は建前では平等を謳っているが、その実、厳然たる階級社会。それも官僚と大企業の絶対的優位社会だ。それらの組織に入るためには学歴さえあればどんなどら息子、あばずれ娘でも親のコネで採用。学歴も金とコネで用意できる。かくいうこのオレも親父が警察官、採用されるに際し多少のコネは働いたろう。

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