温もりに触れる度に
1
「今日は乗り気じゃなかったね」
気を遣うように男が言った。
「もっと積極的だと、嬉しいんだけどなあ」
独り言ちる様に呟いて、男は煙草に火を点ける。
脱ぎ散らかった洋服と下着。身体の芯まで染まりそうな煙草の匂い。
「愛ちゃん、もう少し安くならないかな。そしたら月に2回くらいお願いしたいんだけど」
――満たされない。
ベッドの微かな温もりだけじゃ満たされない。
今まではそんなことなかったのに。
「皆、この値段なので。不満ならもういいです」
面倒だと愛は思った。不満なら買わなければいい。私を買う人なら幾らでも居る。
「冗談だよ、また連絡する。先、シャワー浴びてるね。あとよろしく」
男が浴室へ向かう。
愛は大きくため息を零すと、枕に顔をうずめた。
目を閉じる。幸せだった週末を思い出す。
「――綾香さん」
身体を売っていることを知ったら、綾香はどんな反応をするだろうか。
軽蔑して、嫌うだろうか。生活の為なら仕方ないと、許してくれるだろうか。
綾香が何を求めているのか愛には分からなかった。
愛に手を出すわけでもない。金銭を求めるわけでもない。
身体なら幾らでも捧げるのに。
心が沈む。沈んで冷たくなる。
携帯を手繰り寄せ、画面を点ける。
『今、何してるの?』
綾香からメッセージが届いていることに気付き、急いでアプリを開き、既読を付ける。
『お風呂入ってました』
何の躊躇いもなく打ち込み、
『綾香さんは?』
すぐに既読が付く、
『ドラマ見ながら呑んでる』
ビールの絵文字付きで、返事が来る。
何気ない会話。それでも綾香から連絡をくれたことに、愛は嬉しくなる。
『呑みすぎないように気を付けてください』
『愛ちゃんがそれ言う?』
自然に笑みが浮かぶ。同時に寂しくなる。無性に綾香に会いたくなる。
『会いたいです』
咄嗟に打ち込み、送信ボタンを押す。
既読が付く、送信して少し後悔する。
面倒な女だと思われただろうか。
少しの間が空いて、
『私も。また金曜日呑もう』
可愛い顔文字と共に送られてきた言葉に、愛は安堵する。
綾香の言葉をなぞる様に読み直す。胸が温かくなる。
「なになに、彼氏?」
男の声に背筋が凍る。
咄嗟に携帯の画面を閉じ、裏向きにしてベッドに置く。
「シャワー浴びてきます」
布団を除けて、身体を起こす。
男の視線に気付き、顔を上げる。
愛ちゃん。と申し訳なさそうに男が言う。
「勃ってきちゃった。もう1回だめかな」
心が冷えていく。それでも求められることに安心する。
「……いいですよ」
男が迫ってくる。ベッドに身を委ねて、男に身を委ねる。
まだ微かに残る、綾香の温もりを胸の奥に隠して。
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