卑怯なひとたち

 Aエイ-KIREIキレイがキャンペーンソングのリハーサルをしている『Born Fighter』のスタジオにカナエが入ってきた。

 いつも歩く速度の速いカナエだが今日のそれはカカカカと常軌を逸したヒールの音だった。その動きの流れのままでカナエは言った。


「みんな。キャンペーンソングの起用は無くなったわ」

「え」


 一言そう言って固まる紫華シハナ蓮花レンカは事務事項の確認という冷静さを保ってカナエに訊いた。


「どうして? この間曲も納入してレセプションの時間まで決まってるんだぞ。その夜に各メディアで情報リリースだろ? 第一ギャラは?」

「ギャラは実費部分ということで3割支払われるわ。レセプションでの演奏は去年までのキャンペーンソングを演奏してた『Out of mind』が演ることになったわ」

「おい! やっぱりあいつらの方がいいってことかよ! あの課長補佐、大口叩いてこれかよ。やっぱ役人だなー」

馬頭バズ、違うのよ」

「なにが」

「木田さんは、亡くなったわ」

「えっ」

「厚生労働省のビルから転落した。即死だったそうよ・・・」


 紫華は不思議な感覚に囚われていた。頭痛ではないのだがこめかみの辺りに違和感があり左耳にはっきりとした耳鳴りではないのだが、かすかな音声のようなノイズが混じり始めた。

 その感覚から引き起こされる感情と思考のままに紫華は話した。


「そんなわけない」

「ええ・・・わたしもそう思うわ」

「違う。カナエが思ってるその想像の範疇を超えてる。カナエ。総理大臣はこの曲聴いたの?」

「え、ええ。木田さんが強引に視聴会をセッティングして総理大臣と厚生労働大臣に聴かせたって言ったわ」

「木田さんはこの曲のせいで殺された」

「えっ!?」

「まさか総理大臣が本願の妨害者だったなんて」

「ホンガン?」

「ごめん。カナエ、忘れて」

「え、ええ・・・それで、木田さんは自殺の可能性が高い、って。休日出勤を含めると月の時間外勤務が300時間を超えてたそうだから過労で心身が不安定になったんだろう、って」

「カナエ。そんな訳ないよね?」

「わたしもそう思ってるわ。確かに激務ではあるけど、木田さんは精神面では自分なりに健康を保とうとしてただろうと思う」

「じゃあ、なんでだろう。まさか殺されたのか?」

蓮花レンカ、それは分からないわたしたちは警察でも探偵でもないから」

「カナエ」

「なに? 紫華」

「わたし、どうしてもキャンペーンの仕事、やりたい」

「そうよね・・・『いじめ』をこの手で根絶するためのキャンペーンだもんね」


 それはカナエも同じだった。

 今でも手を変え品を変えのいじめの手法がフラッシュバックとなって早朝覚醒をしたりすることもある。


 紫華は言った。


「木田さんの想いに報いたい。だって、あの人は本気だった。本気でいじめを根絶しようとしてた」


 紫華は『本気』の二文字を繰り返した。


「ロックは本気の音楽だから」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る