人格を撃ち抜く歌ができたよ
殴ってもいい
蹴ってもいい
唾液をかけられてすらいい
あなたが聴かない曲を聴く
あなたが読まない本を読む
あながた観ない映画を観て
あなたが嫌う街へ行く
バンドはわたしサイド
バンドはわたしサイド
バンドは、わたしのもの
「わたしサイド」(厚生労働省『ブルー・マンデーを超えろ』キャンペーンソング)
「なんだこれは」
「テーマソングです」
「それで? イベントでもこの曲演るのか?」
「はい。もちろんです」
「総理もご覧になるんだぞ」
「この曲はいじめられる子たちのものです」
「察しろよ」
「何をですか?」
厚生労働省『ブルーマンデーを超えろ』プロジェクトの担当課長補佐である木田は直立不動で課長のデスクの前で応答していた。
カナエたちにした、『全責任はわたしが負う』という宣言通りに。
「木田補佐。あのねえ」
「なんですか、目黒課長」
「いじめられる側だけじゃなくいじめる側にも配慮しなきゃいけないんだよ
「なぜですか」
「同じ『国民』だからだよ」
「同じ、ですか?」
「ああ」
「どこが同じなんですか」
木田は取りまとめていたレポートを目黒のデスクの上に置いた。
「いじめに遭った子が不登校となって進学できなかった場合の家計の収入減のシミュレーションです。そしてこちらはその結果『付加価値の機会損失』の発生による国家としての損失のシミュレーションです」
「無駄仕事を」
「いいえ。根拠ある資料です。課長、これをご覧ください」
「なんだい」
「これは、いじめに遭った子や過労やパワハラに遭ったひとたちが『自殺』した場合の国家へ及ぼす損失を弾き出したものです。亡くなった本人やご遺族はもちろん、『この国は人権や経済的な公平性が守られない無秩序な国家だ』とまず国民に見限られ、当然ながら世界経済からも経済合理性のない国として弾き出されます」
「妄想だ」
「いいえ。いじめを根絶しないと国家の国際的信用の失墜にさえつながります」
「木田補佐」
「はい」
「いじめは根絶できない。せいぜい減らすことが目標だ」
「わたしたちがそれを言ったらおしまいです」
「『いじめ』は必要悪だ。いじめられることを恐れて子供達の競争が刺激される」
「課長!」
「なんだね」
「手の縮こまった不当な競争では世の中を良くすることはできません」
「世の中を良くするためには我々が施策を継続して作り続ける必要がある。そのためにはトップの方針に従って国民感情をコントロールする必要がある」
目黒課長は話を終わらせたくて席を立った。
「まあいい。そのなんとかいうバンドの起用は白紙に戻す。当日は別の企画の時に使ったなんとかいうバンドの前の曲でも演らせとけ」
「無理です」
「なんだ」
「同日開催のアフリカ諸国との経済交流会議の歓迎レセプションにバンドの演奏を組み込みました。人種差別問題に対する意識の高い各国首脳が大変興味を示しておられます」
「お前・・・勝手にそんなこと」
「わたしはあなたにお前呼ばわりされるいわれはありません」
「・・・わかった。もういい」
「はい。ありがとうございました」
木田がその場を離れると目黒は普段使わない固定電話の一番左にあるダイヤルインのキーを押した。
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