経営者という属性
社長は経営者として敗北した。
反社会的勢力を暗示させるフェイク情報という禁じ手を使われたことに関して、『卑怯だ』と言ったところでそのリスクを織り込んで行動できなかったことは厳然たる事実だからだ。
帰国後、カナエは自殺を図った。
マンションで、睡眠導入剤のオーバードーズで。
「カナエ・・・」
「紫華! カナエは!」
「大丈夫。死なないから」
ガラス張りのICUの前に足を肩幅に開いて立つ紫華は二度同じことを言った。
「大丈夫だから。死なないから」
ICUに社長が面会に来た。紫華の初動のお陰でカナエは脳へのダメージも回避でき、もうリクライニングで起きれるぐらいになっていた。
「社長。すみませんでした。ご心配おかけして」
「カナエ。すまなかった!」
社長は床に手をついた。
「社長・・・そんな」
「すまん。会社は民事再生を申請することにした。再建案は弁護士とこれから詰める」
「・・・そうですか」
「わたしは退任することになるだろう。一番現実的なのはM&Aによる再生だろう・・・ウチは幸いキミを含めスタッフは少数精鋭だ。所属アーティストもまだ知名度はないが才能あるバンドやシンガーばかりだ。
座ってください、とカナエは社長に懇願し、社長は素直に従った。ベッドの脇で真っ直ぐにカナエと対話する。
「買収先としてGUN & MEに興味を示す同業は多いだろう。小規模レーベルの強みで小回りが利き、スタッフへの人件費総額も高くない。目利きは抜群で所属アーティストをこれからバズる先行優良投資アーティストと捉えてくれるだろう。そうすればスタッフもアーティストも生計を立てて活動を続けられる」
「社長。わたし同志に会いました。夢の中で」
「同志?」
カナエはオーバードーズで死と生の境界にいた時間のことを話した。
「同じ小学校の隣のクラスでいじめられていた女の子だったんです。わたしと同じで。話したことはありませんでしたけど、お互いいじめられているその瞬間に目が合ったことが何度かありました」
「そうか・・・」
「彼女、国指定の難病だったんです。おそらくは病気の影響で少し特徴のあるその容姿に卑怯なあいつらがつけ込んだんでしょうね。彼女は20歳で同じ病気の子たちが治療を受ける病院で亡くなりました」
「20歳で・・・」
「彼女のお母さんがこう言ってたそうです。『あの子は病気でずっと苦しかったけど、最期の日々は同じ境遇の友達もできて幸せだったと思います』って。その彼女が夢の中で、わたしに微笑んだんです。あなたもそうだよ、っていう風に」
カナエはそこで一旦黙った。
それからICUの窓の外に見える半月の月を見てからこう言った。
「社長、わたしじゃダメでしょうか」
「何がだい?」
「EBO。エンプロイー・バイ・アウトです」
「えっ。つまりキミが従業員としてGUN & ME を買収するということかい?」
「はい」
「確かに零細企業の再建策として使われる手法ではあるがキミ自身がリスクを抱えるぞ? 資金負担も含めて」
「構いません。もしわたし一人が無理ならばアーティストたちにも出資を募って共同経営するという方法もあります。仮にもメジャーデビューしているバンドやシンガーたちも何組もいるわけですから」
「本気か」
「社長。社長はいつもおっしゃってましたよね? ロックが『本気』じゃなくなったらそれってロックじゃないだろう、って」
「・・・わかった。弁護士に提案しよう」
「ありがとうございます」
「バンドはどうした」
「今夜もストリートに出ています」
紫華たちは池袋の西口に今夜も立っていた。WEBとSNSでは『A-KIREI、終わった』という情報が拡散されていたが紫華のMCに悲壮感は全くなかった。
「新曲です。マディソン・スクエア・ガーデンでお客さんが帰った後、ステージで4人でジャムってその場で完成した曲です。タイトル聞いて驚いてください」
紫華はかわいらしく咳払いして曲名を告げた。
「『再始動』」
それはA-KIREIがプロとしてのテクニックと熱源を見せつける曲だった。
蓮花のスラップ・ベースとウコクの高速カッティング、そして馬頭がジャズの複雑なドラミングも混ぜながらなおかつロックむき出しのビートを叩き出した。
イントロに合わせて紫華が少女ではない声を出す。
大人の女の声。
「ウオウオウオォオーイエー!」
ブラックのソウルシンガーのような魂の声。半月の月に照らされる池袋の街をすべてトケ込ませるような声。
見て、撮って、拡散して
ありのままを
聴いて、感じて、笑いなよ
そんなに自信があるなら
わたしは隠さない
晒し続ける
わたしの汚点も
汚いココロも
その奥底に燃える火柱も全部
全部見せてあげる
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