地獄のステージ
ウコクの居た刑務所の街を出ると次は
被災地を支援するアーティストたちの様々な活動によって今は理解も深まっている。
その街の公民館で。
グループホームで。
避難所で。
ストリートで。
そしてそれら全ては一切お金を受け取らないものだった。
さすがに蓮花はカナエに訊いた。
「カナエ。タダ飯食うつもりは決してないが今んところ完全に会社の手出しだろう? 本当に大丈夫なのか?」
「社長はそこまで見越して資金繰りを組んでるわ。ただし、期限があるわ」
「ああ」
「3ヶ月。秋までよ。そこで何も起こってなかったら、契約を打ち切られるわ」
「・・・ああ。俺もサラリーマンだったからな。分かるよ」
「お願い。全部出し切って」
「カナエと会った瞬間からそのつもりさ」
そして、カナエはやはりこれを言わざるを得なかった。
「
「え・・・カナエが殴ったのに、校長が・・・?」
「ええ。OKの返事が来たわ。だから何が仕組まれてるか分からない。どう? 紫華。受けてもいい?」
「・・・・・・うん、受ける」
「ちょ、ちょっと待てよふたりとも!」
ワゴンのバックシートで横になっていた馬頭が跳ね起きる。
「その中学校こそ用ナシだろ。俺らにとって」
「もしかしたら耳を傾けてくれる子もいるかもしれないわ」
「カナエ。だからってわざわざ火中の栗を拾うようなことしなくていいだろう? 大体紫華が辛いだけだろう?」
「わたしもそう思うな」
ウコクが静かに話し始めた。
「紫華の強いココロには本当に敬意を抱いている。どんなに鍛錬を積んだ武道家でも紫華が学校で遭っていた卑怯な行為を耐え切ることは困難だろう。それに・・・」
ウコクは紫華の横顔を見つめた。
「わたしの娘が生きていたら紫華と同い年だ。わたしは紫華まで失いたくはない」
いじめによる相手の心身への冒涜は殺人に等しい。全員がそう感じている。
だが、紫華はやはり生まれついてのロック・スターだった。
「行くよ。わたしが学校からいなくなったせいで代わりに生贄にされている子たちがいるから。全員、根こそぎ、わたしが、救う」
・・・・・・・・・・・・・
校長の鼻は歪んだ後にセラミックで矯正されたらしく少し高くなった状態で復元されていた。
カナエは校長に挨拶した。
「お呼びくださりありがとうございます。その節はお互いに遺恨があったとは思いますが今日のステージで吹き飛ばしましょう」
「お、お互い? 遺恨?」
「校長、PTA会長がお見えです」
「え、ええ・・・皆さん、体育館へ」
体育館に案内されると演壇で『PTA会長』が演説を始めるところだった。地元選出の国会議員だ。
「みなさん、創立記念日おめでとう。僕もOBとして誇らしく思います」
刑務所の囚人たちよりも硬い姿勢で生徒たちは聴いている。
「芸術には品格が必要です。そして今日はその実験の場でもあります」
議員の言葉に蓮花が反応した。
「『実験』てなんだよ」
議員は演説を続ける。
「今日登場するのは皆さんのOGである
ぷふふふ、という笑いが生徒の一部から起こる。
「静粛に。そしてこのバンドでギターを弾くのは殺人罪で懲役15年の実刑判決を受けた
なんだコイツは、と吐き捨てるように蓮花が呟いた。だが議員の喋りは更に滑らかになっていく。
「表現の自由、というものが日本国憲法で定められていますからね。みなさん、今日は彼らの演奏をしっかり聴いて皆さんが感じたままをSNS等で発信してください。ええと・・・プロデューサーさん?」
「はい」
「今日のステージは撮影も動画の配信もOKでしたね」
「はい。その通りです」
「では皆さん。今日は特別にスマホの校内使用の許可があったかと思います。動画を配信するもよし。インスタやツイートでコメントを出すもよし。皆さんの嘘偽りない『評価』を拡散してください」
やはり仕組まれた。
この世にこれ以上のアウェーがあるだろうか。
紫華は・・・紫華は立って歩けるだろうか?
「カナエ。大丈夫だから」
胸を張り、やや顎を上げたぐらいに真っ直ぐに前を見て大きなストライドで歩く紫華がカナエの横を通り過ぎた。
「やってやるぜ」
馬頭が右拳で左手のひらを、バシン、と打ちつけながらドラムキットに向かった。
ウコクも蓮花も、戦う男の表情に変わっている。
『俺たちの姫さまを死なせるかよ』
そういう中二病丸出しのオーラを漂わせて。
「こんにちは。A-KIREIです」
「アンジル!」
「何が『綺麗』だ!」
「XXXしてXXXXXXぶちまけて死ね!」
いきなりだ。
ウコクが轟音ギターで黙らせようとストロークしかけると紫華が手で制した。
罵声の中ステージの最前まで歩み寄り、そして、マイクを握ったままステージのエッジを蹴り、宙に舞った。
「紫華!」
馬頭が叫んだがもう遅かった。
曲も始まっていないのに紫華は客席にダイブした。彼女が飛び込んだのは男子生徒の集団が体育座りをしているエリア。男子たちは咄嗟の反応で紫華を受け止める。いじめの首謀者である女子どもが怒鳴る。
「あんたら、アンジルをヤってやれ! ヤらない奴は卒業まで『キモ男』だっ!」
恐怖と好奇とがないまぜとなって紫華に手を伸ばしてくる男子ども。
はだける紫華の上下の下着をスマホで拡散する男子・女子ども。
けれども紫華はまったくおかまいなしにマイクにがなってオーダーした。
「
脊髄で反応し馬頭はスネアとハイハットを渾身の力で連打し、ザ・ロックバンドそのままを体現する曲のイントロになだれこんだ。
レッド・ツェッペリンの、『ロックンロール』
中学生だった馬頭がバンドメンバーとの最期のギグとなったこの曲を、今はウコクと蓮花というどちらも人生の悲哀を知り尽くしたメンバーと共に撃ち込む。
そして世界一のヴォーカル、紫華を擁して。
めくられ放題、触られ放題、撮られ放題のまま紫華はロバート・プラントの歌を自らの声で超えようとシャウトする。
『今ステージに戻してあげるわ』
カナエが、カッ、カッ、とマーシャルのアンプの前にヒールを鳴らして歩み寄り、ヴォリュームをぐりっ、とMAXにひねった。
「ぐわあああああああ!」
「うああああああああ!」
地獄のような轟音に両手で耳をふさいで悶絶する男子ども。
「どいて!」
紫華はその性欲と脅しによって踊っていた男子どもの塊をほとんど蹴散らすようにステージに向けて駆けた。
「死ね!」
聞き覚えのある声に横を見ると、紫華のいじめの首謀者だった女子がパイプ椅子を振り下ろしてくるところだった。紫華はなんの躊躇もなく、マイクで女子の口を殴った。
「手が滑った」
そう言い捨てると、すっ転んで口から血をボトボトと垂らす女子を置き去りにして走った。多分女子の前歯は折れていた。
「紫華!」
カナエが差し出した手を握り、ステージに駆け上がる紫華。
バンドはそのまま何事も無かったかのように平然と曲のエンディングまで演奏を続けた。
紫華は烏合の衆と化した観客席の中に、何人か晴れやかな表情でステージを見つめる男子女子がいるのを識別した。
みな、いじめに遭っている子たちだった。
・・・・・・・・・
ステージはWEBニュースだけでなくテレビ各局の夜のメインニュースにトップで取り上げられた。
『マネジメントの崩壊した中学校』
キャスターが淡々と記事を読む。
「動画の冒頭で『アンジル』と女子生徒が呼んでいるのはA-KIREIのヴォーカル、紫華さんをいじめる際の渾名だったと紫華さん自らコメントしています。紫華さんへのいじめだけでなく校内では複数のいじめがあったと生徒たちが当番組のインタビューに答えており、実態解明に向けいじめ被害を受けている生徒の父兄たちが共同して学校を訴追する動きも出ています。なお、創立記念式典での村瀬議員のスピーチの内容がきわめて差別的で騒動を煽ったと批判する意見が党本部に殺到。党では村瀬議員の除名や議員辞職を求める等厳しい対応を余儀なくされる模様です」
「あー、スカッ、としたー!」
「まあ、な。もう懲り懲りだけどな」
馬頭も蓮花もこんなステージは初めてだった。ささやかな打ち上げの居酒屋でにこやかに話す。
「紫華。大丈夫か」
「ありがとう、ウコク。ウコクこそ」
「わたしが人を殺したのは事実だからね。事実を言われたところでだからどうした、ってことだね」
「見て」
カナエがスマホを皆に掲げて見せる。
今日のステージが動画サイトに数限りなく投稿されている。
その中の『地獄のステージ』とタイトルされた投稿者の動画が無限ループのように視聴回数を増やし続けている。カナエはコメントのひとつを読み上げる。
「『僕みたいにいじめで逃げるように中退した人間が持つべき
紫華が、呟いた。
「嬉しい」
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