奇病診療院

@ichiyu

第1話 司祭パトリックと花咲ルーシー

「慈悲深き神よ、少女ルーシーをお救いください」


 司祭パトリックの声が病室の一室に響いた。彼の前で十二歳にして永遠の眠りについたのはルーシー。この奇病診療院で初めての「花咲病」に掛かった少女だった。


「安らかに、眠れ」

「ありがとう、ルーシー。最後まで綺麗だったね」

「ルーシー! 目を覚ましてよ! またママと一緒にお出掛けしてよ! ピクニックに行って、花冠を作ってくれるんじゃなかったの! ねぇ……もう……」


 パトリックに続いて、遺族が満開に咲いた花で彩られたルーシーにお別れの言葉を告げる。母のマナが、遺体にすがりつくように泣き叫ぶ。


「もう、どうしたらいいかわからないよ。私の最後の希望だったのに……」


 マナの夫はルーシーが産まれて間もない頃に戦場で立派に死んだ。

 残されたマナはルーシーを女手一つで育て、庶民にして珍しい女学校中等部まで通わせた。真っ赤な目に金色の髪とかわいいそばかす。マナにとってルーシーは唯一残された希望であった。


「でも、ありがとう……ルーシーのおかげで、毎日笑って過ごせた……。どんなに苦しいことがあっても頑張れた……だから、だから……。お願い、今朝みたいに目を開けて笑ってよ。お腹かが痛くなるほど笑わせてよ……。お願い、お願いだから、もう一度だけでいいから笑ってよ……。笑ってくれるだけでいいから、ただ……、それだけでいいから……」


 それから後のマナの別れの言葉は、叫びだった。最後の希望の光を失った者の絶対に叶うことのない願いだった。

 その病室にいた、全員の胸が痛んだ。

 毎日のようにお見舞いに来ていたルーシーの友達アンナも、ルーシーを孫のように愛していた近所のモメッドも、ルーシーが毎週通っていた教会の司祭パトリックも。

 みんながみんな、母親のマナの叫びに胸を痛ませた。


「ありがとう。そして、さようなら」


 そう告げる人々はただただ、涙が流れるのをこらえていた。

 ただ美しく花が咲き、やさしく微笑んだようなルーシーの顔を見て。


 『花咲病』。

 奇病の一種。腕や足などの様々なところに花が咲き、全ての花が満開になった時に死亡する病気。治療方法は分かっていない。


 病室から出たパトリックは、カバンを開き火葬の準備を始める。


「ルーシーが死ぬだなんて……信じられない。あんなにも元気でいつも笑っているあの子が死ぬだなんて」


 パトリックの所属する聖教会では、死者を弔う際の規則が存在する。


 一つ、死後五時間後に火葬を始めること

 一つ、遺体には決して触ってはいけないこと

 一つ、絶対浄化を行うこと


 宗派によって、方法は様々だがこの三つは原則守られている。


「ルーシーの死後五時間まで、残り一時間」溜息。「火葬術式を展開。効果、死者への弔い、絶対浄化、魂の消滅」


 展開された術式に何一つ間違いがないか、確認をする。


「よし、会っているな。……にしても、術式確認だけで三十分もかかるなんて。帰ったら術式の簡易化を検討しないとな」


 残り三十分。

 一度可視化された術式を見えないように隠蔽術を使う。


「死者への弔いは絶対。浄化できぬ魂は何れ、悪霊となり現世を滅ぼす。そして、悪霊を産まぬために絶対浄化は存在す」


 時間間際。

 病室に戻り、葬儀を始める。


「これより、少女ルーシーの葬儀を執り行います」


 パトリックは淡々と進めていく。


「――ありがとうございました。火葬に入らせていただきます。皆様立ち上がりください。手を組み、神の元へルーシーの魂が帰るようにお祈りください」


 火葬術式は展開する。

 防壁術式も展開されているため、直ぐ近くにいるパトリックや遺族に熱や火が伝わることはない。

 少しずつ、ルーシーの肉体は灰になっていく。

 花が燃え、肉が燃え、骨となる。

 体中のすべての水分が吹き飛び、残されるのはかつてルーシーを形作っていた骨。


「ルーシーは本日、現世を出て神の元へ帰られました。長い闘病生活の末の死に私も動揺しております。ただ、いまはルーシーが悪霊とならぬよう神の元へ帰れるようお祈りください」


 カバンから木箱を取り出し、ルーシーの骨をいれていく。木箱にふたをかぶせる。ふたには「ルーシー」の文字。


「お母さま、ルーシーの命です」

「ああ……」


 マナはまだ泣いていた。おろおろとパトリックの手から木箱を取り、胸に抱く。そしてまた泣き出した。

 あけられた窓から風に乗った花弁が入ってきた。

 理不尽にもよく晴れた日の出来事であった。

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