第七章 月光

 俺はなかなか寝つけなかった。

 マヤには今まで俺が寝室にしていた部屋で寝てもらうことにした。


 俺は父さんが女を連れ込んで情事を楽しんでいた部屋で寝る。

 普段も寄り付かない部屋。

 居心地が悪い。


 布団を敷いて潜り込んだものの何度も寝返りを打っては目を閉じる。

 その度に遠い記憶の父さんの怒鳴り声や母さんのすすり泣き、女の生めかしい喘ぎ声が聞こえてくる。


 とくに女の声は酷い。

 何度も俺を痛みという武器で斬りつけてくる。


 そして女の悲鳴が聞こえる。


 美樹と美樹の娘の菜花なのはだ。


『ヒカル』

『ヒカルおじちゃん』


 助けてやれなくてごめん。

 美樹、菜花。助けてやれなくてごめんよ。


 俺もそっちに行きたいよ。

 俺も……。


「あっ」


 俺は寝てたのか。

 目が覚め腕に背中に感触がある。


 俺の布団に入り込んでる奴がいる。

 ゴン太か?


「違う」


 女だ。

 マヤ……。


「マヤ。やめてくれ」

「ごめん。ヒカルさん、うなされてたから。抱きしめたりしてごめんなさい」


 あれ?

 大丈夫だ。

 イヤじゃない。

 何なんだ?

 美樹以外に近づいても大丈夫な女がいたのか。


 マヤなら平気だ。


 哀しそうな顔でうなだれ布団から出たマヤの手首を掴んだ。


「俺の方こそごめん。マヤなら大丈夫だった」

「いいの。ねえヒカルさんの横で寝て良い? 怖いんだ。これが夢だったらって。ヒカルさんに助けてもらったのが夢だったらと思うと怖いの」


 躊躇ためらう気持ちもあったが正座をして子犬みたいに怯えたマヤの顔を見ていると断る気がしなかった。


「おいで」

「うん」


 恋人だった美樹には子供がいた。

 菜花はまだ8歳だった。

 マヤを菜花と思おう。


 菜花に接するようにすれば万が一の間違いだって起きないはずだ。


 俺は布団の中にゆっくり遠慮がちに入って来たマヤを背中から抱いた。


「よしよし。俺が守ってやるからな」

「うん」

 

 マヤの痩せ細った体は力を入れたら折れてしまいそうだ。


 柔らかい半月の光が窓から俺たちに注ぐ。

 

 俺はマヤを優しく包むようにして今度こそ穏やかな眠りについた。



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