3650倍速で1日が過ぎさる男

ちびまるフォイ

10年もの積み重ね

「あの、今は何年ですか!?」


「今? xxxx年だけど……。

 あんたタイムスリップでもしてきたのかい?」


「いえ……そうじゃないですけど……」


年を聞いて確信した。

昨日からすでに10年が流れているということに。


体は10年ぶんの老化はなかったのが幸いだった。

ただ、ベッドから起きるときに10年ぶりに体を動かすのが大変だった。


「いったいどうなってるんだ……どこなんだここは」


10年後にもなるち自分の住んでいた街はガラリと景観を変えていた。

通っていた学校に戻ってもすでに自分の存在は消えていた。


「君、本当にこの学校のOBなの?

 最近そう言って児童の個人情報を見ようとする人多いからねぇ」


「10年前の児童のこと調べる人なんてそういないですよ」


「でも理由は教えてくれないんでしょう? 怪しいなぁ」


まさか1日経ったら10年後でした、など理解してもらえるわけもない。

10年前の日から世界がどう変わったのかはわからなかった。


「すみません、ここに佐々木さんって住んでいませんか?

 佐々木誠って人は……」


「俺ですけど、あんた誰?」


「まこっちゃん!?」


「……え?」


「俺だよ、俺! ほら、同じクラスで親友だった!」


「あ……ああ! ああ!! 面影ある!!」


頼みの綱の親友を尋ねるとやっと知り合いとつながった。


「ああ、まこっちゃんがまだ居てよかった。

 友達はみんな引っ越しちゃってて足取りがつかめなくて……」


「お前こそ、同窓会も来ないでどうしたんだ。

 まったく連絡もないから心配したんだぞ」


「あは、あはは……」


友達づたいに自分の周りで10年もの歳月が流れた経過を知ることができた。

なにより知り合いに会えたことが本当に嬉しかった。


「まこっちゃん、今日は本当にいろいろありがとう」


「また明日な。せっかくだしどこか行こうぜ」


別れた翌日にケータイを見ると日付は10年後へと飛んでいた。


「また10年後になってる……!」


10年ぶりの重い体を起こしてまた親友のもとへと訪ねた。


「あんた誰……?」


昨日あったはずなのに、また関係がリセットされたようによそよそしい。


「昨日……じゃなくて、10年前に会っただろう?

 俺だよ。ほら、同じクラスだった……」


「なんか覚えのあるような……」


「前は思い出してくれただろ?」

「悪い。ちょっと今それどころじゃない」


開いたドアの隙間から奥さんと子供の様子が一瞬見えた。

子供は泣きじゃくり奥さんは不審そうにこちらを見ている。


「もう……いつまでも友達の関係ってわけじゃ……ないよな……」


すでに友達だったころから20年が経過している。

10年おきに旧友を温めてどうするのか。

今の関係に馴染んできた友達を昔に引き戻すのは申し訳ない。


「もういいや……どうせ俺のことなんて誰も……」


1日が過ぎると世界はまた10年の時を刻んだ。

持っていたスマホも使えなくなっている。

外へ出れば知らない建物が並び、見たことない服装の人と行き交う。


その都度、自分に視線を向けるものだから疲れてしまう。


「誰にも迷惑かけてないのに……なんでこんな……」


お腹を満たすために食べ物屋さんでご飯を食べる。

会計時にお金を出すと店員が首をかしげた。


「お客様、お代は?」


「え? 1万円札で足りるでしょう?」


「現金なんて、もうずっと前になくなってますよ。

 こんなもの今じゃただの紙切れですよ」


「うそ?!」

「お金……ないんですか?」


「ちがっ……食べ逃げするつもりはない! 俺はただ……!」


厨房から出てきた屈強な男に捉えられて俺は逮捕された。

取り調べでは自分の体質のことを話したが信じてもらえない。


「1日たつと10年先になる、だあ? なんだその設定」


「どうせそう言われると思っていましたよ……」


「今この街じゃどんな小さな犯罪もけして許さない。

 清潔都市だからな。食い逃げは立派な犯罪。8年の勾留ってとこだ」


「8年? なんだ、たった1日で終わるじゃないですか」


「なんだお前。8年も社会と隔絶されたらどうなるかわかってないだろ。

 8年後にお前を待ってくれている社会なんてなにもない。

 浦島太郎のような孤独だけが待ち構えているんだぞ」


「そんなの、慣れっこです」


牢屋に入って布団に潜りこむ。

この生活もただの気晴らしの旅行気分しか感じなかった。


目を覚ますとすでに1日……10年が経過していた。


「こんにちは、今は何年ですか?」


「やっと起きたか……お前の勾留はすでに終わっている。

 さっさと外に出てくれ」


俺を捕まえた警官も、看守も10年も経つと変わっていた。

もはや誰も俺のことを知っている人などいない。


「もう戻ってくるんじゃないぞ」

「楽しいバカンスでしたよ」


出所した10年後の世界にはひとりの女が立っていた。


「君は……!」


何十年経っていても、顔の面影は消えていなかった。

まして、数日しか経過していない俺にとって彼女の顔を忘れることはない。


「おかえり。私のこと、覚えてる?」


「もちろんだよ。同じクラスだった……。

 俺、君に告白して、それで……」


「10年前、地元のニュースであなたのことが出て驚いた。

 だってずっと前に連絡取れなくなって……死んじゃったかと思っていたから」


「ご、ごめん……」


「私たち、カップルらしいことまだ何もしてないのに

 もうこんなになっちゃったね」


「……俺、今日のこと忘れないよ。君が迎えに来てくれたこと」


何十年ぶりの再会をした俺達は1日が終わる前にと籍を入れた。

そして自分の体質を話し、これまでのことを話した。


「信じられないかもしれなけど本当のことなんだ。

 今日が終われば君に会えるのは10年後になる」


「でも消えるわけじゃないんでしょう?

 10年の間、あなたはずっとここに居てくれるじゃない」


「君は……それまで待ってくれるのか?」

「もう何十年も待ったんだもの。それくらい簡単よ」


1日が経った。目を覚ますとそこはまた別の場所になっていた。


「……おかえりなさい」


10年の月日が経過した妻の顔はややシワが増えていた。

その背中に隠れるようにして小さな子どもがいる。


「驚いた? あなたのDNAを採取した子供よ」


「俺の……子供?」


顔も見たことのない父親を親だと納得できるはずもなく、

親戚の知らないおっさんとばかりに子供は警戒していた。


「俺が寝ている間も、君がずっと世話を……?」


「ええ」


言葉が出なかった。10年もの間、妻はひとりで必死に暮らしていたのだろう。

大変だったね、などと他人事のようなことは言えない。


「今日は……今日だけは大切に過ごそう」

「ええ」


その日は10年もの間に起きた家族のあれこれを聞かせてもらった。

自分の知らないはずの話なのにどこか懐かしかった。


「それじゃまた10年後に」

「ええ、愛してるわ」


1日が終わる。10年後になる。

10年後に、自分に「おかえり」と言ってくれる人はいなかった。


10年前の昨日よりもずっと傷んだ部屋には妻の遺影があった。


「そんな……」


「あんたが寝ている間も母さんはずっと苦労していた。

 あんたを思ってただひとりで生きてきたんだ。

 俺はあんたが起きるのをずっと待っていた」


子供は妻の背中に隠れていた頃よりもずっと大きくなっていた。


「これで、きっぱり親子の縁を切れる。

 10年おきに父親ズラするだけの人間を父親と言えるか!」


「……」


「なんとか言えよ!」


「……そうだよな。それに俺が父親だとしても、

 また10年もの間お前をひとりぼっちにしてしまう。

 そんなのは足かせでしかない。本当に、悪かった……」


子供はすでに家にあった思い出の品々を持っていったのだろう。

部屋には俺が寝ていた場所しか残っていない。


殺風景な場所にただひとりだけ取り残された。


「……もういいか」


最初からこうすればよかったとずっと考えていた。

1日が終わるころ、首に縄を巻きつけて靴を脱いだ。


足元の台をけると体が宙にぶらんと浮かぶ。


数分もがいたあと、自分の死よりも先に1日の終わりが到着した。




次の日、10年間吊られ続けた苦しみがまとめて寝起きに襲いかかることを俺はまだ知らない。

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