涼宮ハルヒの送迎
@TSUKUSHIBUNTAMINO
第1話
いつかの日のいつかの時。俺はハルヒと共に学校の中庭から空を見上げていた。
何でか俺にも解らん。ただ昼飯を食い終わって腹ごしらえにやることがないおじいさんのように年甲斐もなく校内を散歩していると、部室棟への渡り廊下からハルヒが空を見上げてぽつんと突っ立ってるのを発見し、なんとなく気になった俺はその横にハルヒと同じようにして突っ立って空を見上げてみただけだ。
本日も晴天。透き通るような心地よいそよ風が一定の感覚を空けて吹く。気温も過ごしやすい二十度前後。空は雲一つなく透き通るような青みを帯びた空模様であり、太陽もこの時間だと丁度俺達の背後に回り込んでいるため眩しくもなく、目をおもいっきり開いて青空全体を見渡すことができる。
「綺麗よね」
ハルヒが空を見上げたままぽつりと呟いた。しかしどこか物悲しそうに。
「お前、今朝からやけにメランコリーだよな」
実を言うとこれが本日初のハルヒとの会話だった。長く険しい坂道を登っていざ教室にたどり着き、扉をがらりと開けてみると最初に目に入ったのは頬杖をついて外を眺めるハルヒの横顔。ここまではいつもの光景だ。
ところが俺がハルヒに朝の一環としていつもの調子で気だるく席に座りつつ挨拶をしてみても目の前で手をひらつかさせてみてもこれが全くの無反応ぶりで、バッテリー切れのロボットというありきたりの表現がしょうもなく思えるくらいハルヒは俺に構うことはなかった。
また何かの思い出し憂鬱か。そんなことを思いながらハルヒの頑無視への抵抗をやめて前を振り向き授業が始まるのを待つ。が、一つ引っ掛かることがる。
それはハルヒの表情。
いつもは超新星を宿したように明るい大きな瞳が皆既日食ピーク時の太陽のように暗かった。深海の水を汲み上げた長門の瞳のような近い印象を覚える。そしてどこか悲しそうな顔。これから注射を受けに行くと解って病院の待合室で待機している子供のような表情をしていた。
ハルヒがこういった症状を引き起こすことは稀中の稀、なのだがその時のハルヒの気持ちが俺にも少し解るような気がした。これまた何故かは良く解らない。ただ、まあ無理もないか、と言った風に納得できてしまう。
念のため授業の合間の休憩時間にハルヒの精神面スペシャリストである古泉にも携帯で連絡を取ったところ、ハルヒ自体には問題もなく至って普通であることが告げられた。そんなことはなかろう。しかしその後も俺が古泉にハルヒの現状を伝えても「問題ない」「異常なし」の一点張りで今のハルヒのように俺への答えを変えることはなかった。だが、
『まあでも、僕にも涼宮さんのその気持ちが解る気がします。僕自身何を思ってこう思えるのか。些かはっきりとした確証はありませんが、ただなんとなくというのが正直な答えで…』
ようやく別の解答が得られたと思ったらそれは実に曖昧で語尾に悲壮感を感じさせる古泉らしくない発言だった。どうやらこいつも俺と同じことを思っているらしく、それが何処からやってくる感情で何が原因で何故それを思うのか解らないというところまで共通しているようだ。
お互いしばし数秒の沈黙が続いた後、
『なるほど…わかりました』
古泉は深呼吸ワンセット分の間をあけ、決心したように、
『僕も行きます』
急に何を言う、何処へ行くつもりだ。
『きっとあなたにも直ぐわかりますよ。この正体不明の愁傷染みた気持ちもそこに行けばあなたも涼宮さんもはっきりする筈です』
ああ?そこって何だ。それなら今からハルヒ連れてそっち行くからそこへ三人で行こうぜ。これからどこかで落ち合おう。
『いえ、それでは意味ないんですよ』
古泉は昨日見たドラマのあらすじを語るように、
『どうやらそこへはとある事実を受け止めた者だけが行ける所のようです。これと僕らのこの気持ちが涼宮さんの力なのかは不明ですが、今僕達三人が合流してもその時そこへ行けるのは僕一人であなた方二人をここへ置いていく形になると思います。すみません、別に意地悪をしている訳ではないんですよ。どうか解ってください』
古泉の言っていることは解るようで意味不明にも近かったが心当たりがあるのは間違いなかった。知っておきながらも見て見ぬふりしていた事実があるような気がする。
「古泉、ならヒントをくれ。北高から何処へ歩いて何線に乗ってどこの駅で降りればいいんだ」
古泉は意外そうに、
『おや、あなたが一番よく知っている場所だとは思いますよ。むしろあなたがと言うよりも僕達がと言った方が良いですね。そこへは電車にも乗りませんしバスも要りません』
ならチャリで行ける範囲なのか。
『自転車を使うまでもないでしょう』
ええい、ならどこだって言うんだ?
古泉は祈るように、
『さっきも言いましたが、そこへはそれを受け入れた者が行けるようなんですよ。あなたも涼宮さんも本当は解っている筈です』
俺達が一番よく知っている場所、か。
『それではそろそろ失礼します。先に行って待っていますよ。それでは』
古泉と話したのはそれだけだ。散歩の前に今一度連絡を取ってみたが一向に繋がらず、コール待機音すら鳴らない。なんとなくだが古泉はもうそこに行き、ここにはもういないような気がした。
俺の隣にいるハルヒはきっと古泉の言う受け入れるべき事実を懐にしまうかそうでないかで迷っているんだ。
俺だって認めたくない。そうさ、本当は俺だって朝目覚めた時からとっくに気づいている。古泉に言われるまでもない。だがハルヒは中々それを認めようとしない。だから古泉の言うそこへは行けず、朝からずっとその事実に目を向けることに躊躇しているんだろう。
おっと、なら何故とっくに知っている俺はそこへは行けないのかなんてのは聞くなよ?誰が団長置いて勝手に行くつもりだ。
「ねぇ、キョン」
ハルヒは頬にかかる髪を払い、空を見上げたまま、
「喉乾いちゃった。お茶買ってきてよ」
声のトーンこそいつものハルヒだが如何せん雲り顔のままで力を感じない。
中庭から一番近い自販機まではほんの数メートル。往復にして三十秒あるかないかだろう。
すっかり命令なれしている俺はハルヒに言われるがまま手頃なミニサイズのお茶を一本購入し、それを片手に二人で突っ立っていた中庭へと戻った。
そしてようやく認めたらしい。
そこにハルヒはもういなかった。
セーラー服の紐くず一つ残さず、唯一残っているのはハルヒがさっきまでそこにいたと言う事実だけ。
「そうか。ハルヒも行ったのか」
別に驚くことはなかった。さっきのあいつの口調からお茶を買って戻る頃にはあいつはもういないとある程度予測済みだったさ。だが俺を置いていくことはないだろう。これじゃ今までお前の気持ちに整理がつくまで律儀に待っていた俺が馬鹿みたいじゃないか。
「俺も行くかな」
さっきと同じようにして空を眺める。大きくて巨大な青空。親の顔よりも親近感に道溢れているこの空の下で俺達は当たり前のようにやってくる時間を当たり前のように過ごさせてもらっていた。
今日が終われば明日になって明日が終われば明後日がやってくる。そんな当たり前のことが今思えば幸せで全て感謝するべきなんだ。
俺を、俺達をここへ導いてくれて、SOS団として生かせてくれてありがとうと言いたい。ハルヒもそれを言いにそこへ行くことを決めたんだろう。だからここにはもういない。
きっと今頃ハルヒも古泉も俺を待っている。もしかしたら朝比奈さんと長門も既に待っていて、名前も顔も知らないが何故か親近感を覚える俺達と同じことを考えている奴らもそこにいる気がする。そんでそこへ着く頃にはいつものようにハルヒから罰金刑がくだされるんだ。買ったお茶もその時ハルヒへ渡そう。そいつはそこに置くなり好きにするがいいさ。
ん?もしかしてハルヒは俺を最後に来させるために最初から解ってたとかじゃないだろうな。だとしたら俺はハルヒに余計な杞憂をしていたことになってあいつは俺がお茶を買いに行っている間面白おかしく笑っていたのかもしれない。
だがまあ、それならそれで全然構わんさ。それはすなわちハルヒにはまだ精神的にもふざけられる余裕があるってことだ。それかハルヒの俺へ対するあいつなりの自己表現だったのかもしれない。自分は大丈夫だと。
そしてこの事が済んだらSOS団は通常業務開始だ。あり得ないとは思うが、仮にハルヒがそんな気分でなかったとしても俺が無理やりひっぱたいてでもそうさせる。
なんせ俺達はまだ世界を大いに盛り上げてはいない。
そうさ、俺達は止まる気なんてこれっぽっちも思ってないぜ。なあハルヒよ。
お茶を片手に深呼吸し、しっかりとこの時だけに見られる青空を目に焼き付けると俺は古泉とハルヒが待っているであろうそこへ向かうべく、改めて変わりようのない全ての事実を受け入れた。
ハルヒ達が待っているそことは俺達が一番良く知っている場所。それは教室でもなく部室でもなく、天国や地獄、死後の世界でもない。そこより重要で大切な場所なのだ。そこがどんな場所なのか、どんな形をして何処にあるのか。それは建物なのか、公園なのか、何かのシンボルなのか正直そこは未だ良く解らん。恐らくいくら時間を要して考えても知ることは永久に不可能だろう。だが頭の中ではぽつんとそこを示す目印のようなものがイメージできていてどう行けば良いのかが解る。こういう場合解ってしまうんだから仕方ないとでも言っておけば良いのか。
思えば俺はいつもそこで俺として生きてきた。そこへのルートも自分の家に帰るように簡単明朗で直ぐにたどり着ける。確かにチャリもいらないな。
「よし、待ってろよ」
俺はそれだけ呟くとそこへ向かうべく中庭を後にした。
涼宮ハルヒの送迎 @TSUKUSHIBUNTAMINO
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