陽狂
ゆきみさやか
陽狂
このどうしようもない思いをどこにぶつけたらいいのだろうか。
この、どうしようもなく汚くて醜くて、ひとりよがりな思いは、きみにぶつけたら壊れてしまうだろうか。
いっそぶつけてみるか。
きみとどのような出会い方をしたのかは、正直覚えていない。
学校が同じだったのに、全く話したことはなかったし名前の読み方もよく知らなかった。
学校以外のところで出会ったのかもしれないが、それもどこだったのか、わからない。わかっていることはただ一つ。
きみは、私にもう一度やり直す勇気をくれた、ということだけだ。
夜になると、元気になる。いや、本当は逆なのかもしれない。元気になるのは、夜だから。うん、こっちの方が正確だ。
まず、社会とか世間とか、常識とか周りの空気?とやらに聞きたいことがある。
“なぜ学校に行くのか”
私も通っているときは考えたこともなかった。
そんな当たり前のことを考えているなんて、相当暇人なんだろう?という声が聞こえてきそうだ。その通り。私は、今までの人生の中で一番暇な時間を過ごしている。
だから暇人の暇つぶしのネタだと思って聞いてほしい。
インターネットという現実世界とは似ても似つかない世界ができるまでは、確かに学校に行くことで情報収集ができた。しかし、現在学校で得られる情報はインターネットでも得られる。
私は、この事実に直面した時、学校の意味を見出せなくなっていた。
いやいやいや、学校で学ぶのは知識だけではないぞ。人間関係とか、みんなで協力することの大切さとかを学ぶところでもあるんだぞ。という声が聞こえてきそうだ。
しかし、私は人間関係を学習するうえで、失うものがあまりにも多すぎた。
学校にやられた傷は、学校で癒すことができない。
そして、ズルズルと何年も何年も苦しんで人生に多大なる影響を与える。
学校で起きた、“問題”はその場限りのものだと感じる人もいるだろう。
だが、現実は違う。傷は治るまでに時間がかかる。きちんとした手当てができないままでいれば、悪化する。皮膚にできた傷とか、病気とかと同じものだ。
そう、悪化するのだ。自分の中でどんどんどんどん肥大化していくのだ。要するに、苦しみは卒業したら消えるものではないということだ。
朝なんてこなければいい。毎日毎日そんなことを願っては、朝を迎える日々が続いた。
夜。
私の気持ちは一番希望を持つことができた。なぜかって?
“光が見えないから”
夜は月の光しか見えない。あとは真っ暗。暗闇。黒い空。
そんな空を見ていると、なんだか安心するんだ。自分の置かれている状況と似ているから。自分の状況を隠してくれるから。
だけど、やっぱり光を求めるから、月に願うんだ。
「せめて、月の光だけは私のところにいて。」ってね。
だけど、朝になると月の光は私のところにいてくれないんだ。
朝になると、眩しすぎる。
明るすぎるから、私の暗さが目立つんだ。快晴の空を見る時は、決まって私は気持ち悪くなる。だから今日もなんとか、その気持ち悪さと闘いながら、月の光を待っているんだ。
気持ち悪いくらい、真っ青な空。
私の気分が悪いから、空まで気分が悪いような気がする。
はやく。
はやく終わって。
気が付けば夕方。
また今日も行けなかったな。
友達っていうのは、会う回数が多いか、少ないかで決まるのではないか。
「ごめん。今日もお休みしたんだ。」
「うん!大丈夫だよ!お大事にね!」
「本当にごめん。今日も行けなかったんだ。」
「そっかー。」
「明日は行けるかもしれないから、頑張ってみるね。」
「わかった!待ってるよ!」
「ごめんね。行きたいんだけど、どうしても体調良くならなくて。」
「そう、お大事に!」
この子は、連絡する回数も会う回数もどんどん減って、最終的に疎遠になってしまった。
いままでは、たくさん遊んで、仲が良い方だったと思う。いや、少なくとも私は仲良くしている友達だった。
一番身近にいる人が、一番ピンチの時に助けに来てくれるとは限らない。
まあ、助けを求めなかった自分も悪いんだろう。
何より、私はこの子に何もできなかった。本当は会えなくて寂しかったかもしれないのに、体調不良だから仕方ないって、たくさん我慢してたのかもしれない。
そのことに気づかないで自分が助けてもらえないことを嘆いていた。
やっぱり友達は、何度も会って最新の友達の状態にアップデートする必要があると、私は思う。友達も生きている。一秒たりとも同じ状態ではないだろう。
常に細心の注意を払って、最新の情報を取得しないと、取り残される。
記憶の闇に取り残される。
だって、友達だと思っていた、この子はもう現在のこの子ではなく、過去の履歴でしかない。
後悔しても、もう遅い。
過去のあの子、記憶の中のあの子とは、違うんだ。
だから、私と現在のあの子は“友達”とはいえないだろう。
現在のあの子は他人だ。
私が彼女と出会ったのは、正直どのタイミングだったのか、覚えていない。
ただ、なにもかもが上手くいかなくなった時だったことは覚えている。
どんどん離れていく人。
私に残されたものは、どうしようもなく醜い体一つだった。
体も心もどんどん蝕まれていく。
そんなとき、昼間なのに月の光を見つけたんだ。おかしいよね。
だって昼間なのに。
私よりも身長が少し小さい彼女は、誰よりもドジなのに、誰よりも楽しそうで、誰よりも賢い人だった。
私はその触れたら消えてしまいそうな彼女に触れたくなった。
「ねえ!」
彼女と過ごす時間は、どうしようもなく愛おしくて、小瓶に詰めて閉じ込めておきたい瞬間ばかりだった。小瓶に入れて眺めていたいほど、キラキラしていたんだ。子供の時に宝石とか集めたりしなかった?宝石じゃなくてもいいや。何かこれは記念に取っておきたい!っていうものがなかったかい?それと同じなんだ。
彼女と過ごす1分1秒が、特別なお土産だったのさ。
「今日朝ごはんの後に、パン二つも食べたけど、ケーキも買う!」
彼女が食べているところは特にお気に入りだった。
「はあ…食べ過ぎた苦しいー!」
彼女は決まって苦しいという。自分で食べ過ぎて、自分で苦しいって言っているのが最高に面白い。なら食べなきゃいいのに、という私の声は届かず、また美味しそうなものを見つけるとすぐに駆け出していく。さっきまで苦しがっていたのに。やっぱり面白い。
なんて可愛らしい生き物なんだろう。
いつのまにか彼女に惹かれていたことに、このときはまだ気付かなかった。
私の生活に彼女がいることが当たり前になったころ、あることが問題になった。
「これからどうするつもりなの。」
「いつまでこんなことしているの。」
転校。
知らない方が幸せなこともあると思わないかい?
その事実を知ることによって、今までできていたことが出来なくなることもある。
一番やりたいことはできないけど、できなくなることはないんだ。
え?なんのことかわからない?
うーん、そうだね。結論から言うと友達のままでいるか、他人になるリスクを抱えて恋人になることを目指すか。この二択で揺れているんだ。
恋人を目指したらキラキラした小瓶には、絶対に戻ることができない。
知らなかったら続いてた関係が、知ることで破壊されるかもしれないんだ。
それでも、知りたいと思うの?
あれは夏祭りの時だった。
彼女と行く三回目の夏祭り。ここ最近で最も暑い夏。
“あつい”のは気温か、思いか。
毎年恒例のイベントに慣れてしまい、あまり楽しみでもなければ、つまらないわけでもない。
それでも、私が足を運ぶのは習慣になっているからか、それとも。
彼女がいるからなのか。
飲み物を飲みがらおしゃべりをする、いつもの光景。
それは、突然崩壊した。
「私のコップどれだっけ?」
遠くから聞こえる会話。
浴衣に着替える為に、彼女から少し離れていた私の耳にぼんやりと入ってくる。
「多分これかなー?」
帯。そのために体の向きをゆっくりと変える。
それは突然起こった。
振り向いた瞬間私の目に飛び込んできたのは、私がさっきまで飲んでいたコップを使っている彼女だった。
「っ…!」
今までに感じたことのないような、胸の高鳴りが押し寄せてくる。
なんだこれ。
私の視界にハッキリとした彼女の姿。
どうしよう。
どうしよう。
はやく止めないと。
頭が機能していない。
この感覚を処理しているのは脳ではない。
「あっ…。」
そうか。
そのあとの夏祭りに集中できるわけがなかった。
私はもう戻れない。
陽狂 ゆきみさやか @yukimisayaka6
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