第64話 まりえ捜索隊
日供祭のあと、本格的な捜索がはじまった。山手線と神田川を境目にして、光龍大社のある南東側を太一が、北東側をあおいとまことが、電気街のある北西側をアイリスと優姫が、受け持つことになった。そして、あゆみとしいかが担当したのは南西側だった。
「秋葉原って、案外栄えてるのね」
「ま、光龍大社がお目当って人は皆無っしょ!」
「一体、何が目的なのかしら」
「ま、秋葉原といえば電気街っしょ!」
これまでのあおいの、なまだしあとしての芸能活動は、秋葉原とは全くの無縁だった。しかも車での移動が多かったため、駅前の混雑というものには慣れていない。だからあおいは、捜索をはじめて間もなく、正体がバレてしまった。
「あれ? なまだしあじゃね?」
「本当だ。なまだしあだ!」
「俺の幸せだ! 俺の嫁だ!」
街行く人の目が、みるみる変わっていた。
電気街へ向かったのはアイリスと優姫。聞き込みをするうちに、少し前までまりえがいた痕跡を発見した。目撃情報はかなり多かった。ほとんどの人は温かく情報提供してくれたが、中には無駄に絡んでくる人もいた。
あるおじさん3人組に聞いたときのことだ。
「お嬢さんたちみたいにかわいい女性が、巫女装束を着て踊っていたんですよ」
「みんなアイドルさんかい? なんてユニットなの? 推すよ!」
「その前に、どこかでお茶しない?」
優姫は聞き出し上手でもあるが、断り上手でもあった。だから、比較的早い段階で、まりえが電気街にいたことが分かった。しかし、今どこにいるのかは、全く分からなかった。そんな中、自ら情報提供を申し出てくれるグループもいた。
「その子は何かを思い出したかと思うと、駆け出していったんだ」
「俺は人集りの中にいたから、どこへ向かったかは分からないなぁ」
「無理に探すより、待つ方が良いよ。そこの喫茶店にでも一緒に入らない?」
どこぞの学生のようで押しが強く、珍しく優姫が断りあぐねていると、別のグループがアイリスに話しかけてきた。
「俺は、警察署の方に走っていくのを見たよ」
「もしかしたら、シアターの方に行ったのかもしれない」
「君たちもデビューすると遊べなくなるから、今のうちにお茶にでも行こうよ」
アイリスと優姫が困り顔で街行く人に聞いてまわっているのだ。親切にしてくれる男性は、何人もいた。だが、ほとんどの男性に下心があったのは言うまでもない。秋葉原界隈で最も賑やかな北西地区。電気街は、この日も賑やかだった。
同じ駅とは思えないような静けさの南西地区。
「こんなに静かなところ、まりえには似合わないわ」
しいかが言うように、秋葉原駅の南西側は駅前こそ賑わっているが、神田川の対岸となると閑静なオフィス街となる。だが、その一角にもたったの一か所だけ人を集める人気のスポットがある。万世橋の袂、焼肉店の裏手にある劇場、MNS84シアターだ。MNS84というのは、橋系アイドルと呼ばれる複数のアイドルユニットの1つだ。その中でも最も古くてしかも平均年齢が低い。活動はライブが中心。連日満員の240人ほどのファンを集める。しいかたちが通りかかったのは開場の数分前で、最も人が多い時間だった。
だがこの日のこのとき、最も人を集めたのはあおいだ。
「なんか、マズイ空気になって来たわ!」
「ま、逃げるが勝ちっしょ」
「そうね。早いとこ移動しましょう」
あおいとまことのうしろにはいつの間にか人がたくさん集まっていた。その中の1人が、あおいに接触してきた。
「なまださん、ですよね。写メ撮らせてください!」
「御免なさい。プライベートなので!」
「そんな。ぼ、僕、大ファンなんですよ!」
目の色が変わった男の顔を見て、あおいは決断し、まことに耳打ちした。
「まこと、3秒後に走るわよ。3・2・1!」
「ま、脚力なら負けないっしょ!」
あおいとまことは、一目散に駆け出した。逃げるものがいれば、追うのが人の性。2人が逃げれば逃げるほど、追っかけの数も増えていった。
追っかけといえば、しいかたちが遭遇したMNS84の追っかけにも動きがあった。MNS84のメンバーが2人、巫女服を着て挨拶に来たのだ。
「お集まりの皆様、御来場ありがとうございます」
「本日は巫女服デーとなっております」
「ご入場に際しては、橋脚番号174番、Mチームの佐野乃々子と」
「橋脚番号161番、研究生のながたたまきが、ハイタッチにて」
「出迎えさせていただきます」
「よろしくお願いいたします」
お決まりの口上に、ファンが湧いた。続いて、整然と入場していった。
「あの装束、なんだかおかしいわ」
「あれは巫女服といって、装束とは少し趣が違うのよ」
神に仕える巫女が身に纏う巫女装束と、歌い踊るアイドルが身に付ける巫女服には微妙な差がある。清楚さ神聖さを重視した巫女装束に対して、動き易さ麗しさに特化した巫女服。はじめ、しいかには不思議で仕方がなかったが、全身で感情を表現するアイドルやそれに触れて湧くファンの様子を見ているうちに、しいかは次第にアイドルの服も良いものだなと、思うようになった。そして、このときにあるMNS84ファンが、あゆみたちに情報をもたらした。
「凄かったなぁ、あの子のダンス!」
「あぁ。見ていて全然飽きなかったよ」
「危うく現場に遅れるところだった」
あゆみとしいかに3人組のファンの会話が漏れ聞こえてきた。彼らがはなしている女の子の身体的な特徴や服装は、まりえと酷似していた。
「もしかすると、今日、サプライズで報告される新メンバーだったりして!」
「まさか。あの子の衣装は乃々子たんたちのとは違ってたもの」
「そうだよな。もっと清楚というか、神聖さが感じられたな」
もしかすると、まりえのことかもしれない。そう思ったあゆみは、思い切って入場を待つファンに聞いてみた。はなしを聞けば聞くほど、まりえだとしか思えなかった。
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