第50話 3年振り
この日も優姫とまりえが同行していたが、本島家には上がっていない。本島の母親の態度が前日と違うことに気後れしたまま上がりそびれてしまったのだ。太一が本島の部屋の前からゆっくりと降りてくるまで、2人は外で待っていた。もう1度深々と礼をしたあと向き直りゆっくりと玄関を出る太一の顔を見た瞬間、優姫は表情を曇らせた。調略が失敗したことは、聞かなくても分かったからだ。さすがのまりえも、このときばかりはおとなしくしていた。
「マスター……。」
そう呟いたあと、まりえがふと本島の部屋の方を見上げると、何かが光った。その正体は分からないが、部屋の中で異変が起きているような予感が、まりえにはあった。まりえが足を止め光ったところをじっと見ていると、太一が近寄って来て足を進めるよう促した。それでようやくまりえは歩きはじめた。
それから数歩進んだときだった。
「ゆ、雄大ちゃん!」
絶叫に近い本島の母親の声がした。そして、太一が振り返るとそこには本島がいた。呆然としているようだが、何の支えもなく自分の足で立っていた。本島が自分の家を出たのだ。それは、実に3年振りのことだった。玄関先ではあったが。
「雄大!」
「マスター! 俺、やってみるよ」
そう言ったきり、本島はばたりとその場に倒れた。3年振りの外の世界は、本島には刺激が強すぎたのだ。
「ひゃぁーっ、雄大ちゃん、雄大ちゃん。お父さん、お父さん」
突然のことに、本島のお母さんは大いに取り乱していた。太一とまりえが、ゆっくりと本島を部屋まで運び込んだ。そのうちに本島のお父さんが畑から戻って来た。太一もあおいたちを呼び寄せた。そしてみんなで本島の目が覚めるまでゆっくり待った。
「太一くん、お茶どうぞ!」
「ありがとうございます」
待つ間に、小松菜のお浸し、お茶、小松菜のソテー、お茶、小松菜ゼリー、お茶、小松菜パン、お茶と、色々なものが振舞われた。太一が7杯目のお茶をすすっていると、本島がむくりと起き上がった。
「雄大ちゃん!」
すっかり平静を取り戻した本島のお母さんが声をかける。
「母さん。今まで迷惑をかけてごめんなさい」
「良いんだよ。そんなの、良いんだよ」
本島のお母さんは、歓喜のあまりまた取り乱しはじめた。
しばらくのち、太一と本島が2人ではなすことになった。本島がリクエストしたのだ。本島が母親の疲れているのをみて、休むように促したのもある。兎に角、今、太一と本島は2人きりになった。
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