幼なじみの考えていることが、最近ぜんぜんわかんねぇ!

中山道れおん

第1話 「裸エプロン」編 ①

「ねぇ京ちゃん。男子って裸エプロンが好きなの?」


「ぶほっ!」


 朝ご飯を食べていたら、幼なじみの琴乃ことのから唐突にそんなことを質問されたので、口にふくんでいた牛乳を盛大に吹き出してしまった。


「きょ、京ちゃん急にどうしたの? 大丈夫?」


「お、おう。大丈夫だ。それよりも琴乃に牛乳がかからなかったか?」


 琴乃は自分の着ている制服をさっと確認する。


「わたしは大丈夫だよ。ちょっと待ってて。すぐに布巾ふきんを持ってくるから!」


「サンキュ」と、キッチンからすぐに戻ってきた琴乃に手渡された布巾で、俺は慌ててテーブルを拭いた。


 琴乃は自分の発言で俺がむせたとは思っていないようで、しきりに俺の体調を気づかってくれる。


 こいつと二人っきりでよかったよ。親と一緒だったら行儀が悪いって怒られていたとこだったわ。質問の内容も内容だしな。


 布巾を流しに置いてきてテーブルの前に着席する。


 そんな俺を待ち構えていたかのように、琴乃は黒く艶のあるロングヘアーをかきあげると再び口をひらく。


「さっきの話の続きなんだけどさ、どうなの? 京ちゃんも男の子だから裸エプロンに興味あるのかな?」


 テーブルをはさんで向かいに座っている幼馴染みは、いたって真面目な顔でこちらを見ていた。黒い双眸は真剣そのものだ。


「いや、興味があるかないかで言ったら、あるけどさ」


「やっぱりそうなんだー! 京ちゃんも裸エプロンに興味あるんだね!」


 なぜか目を輝かせる琴乃。


 二か月前に別々の高校に進学してから、琴乃はこの手の質問をよくしてくるようになった。


 産まれたときから家が隣同士で、中学校を卒業するまでいつも一緒にいた俺と琴乃。


 高校は俺が共学の公立、琴乃は私立の女子高で離ればなれになったわけだが、つい最近までこのようなエッチな質問をされたことは一度もなかった。


 なぜ急にこんなことを聞いてくるようになったのかはまったくわからない。


 もしかすると高校に入学してから知り合ったクラスメイトの影響なのかもしれない。


 それよりも困ったことに俺はこんな質問をされて非常に恥ずかしいのに、当の本人は気にするそぶりもなくあっけらかんとしているのだ。


 おそらく琴乃は俺のことを、どんな疑問をぶつけても答えてくれる身内のように思っているからだろう。


 実際、俺たちは本当の兄妹のように育ってきて、お互い隠し事はせずになんでも話してきた。


 でも俺はいつしか琴乃のことを女子として意識するようになり、少しずつ琴乃には言えないことが増えてきた。


 主に、性に関することについて……


 しかし琴乃はそうではないらしい。


 俺一人が照れてるのもなんか癪だから、仕方がないので今日もこいつに付き合ってやることにした。めちゃくちゃ恥ずかしいけど……


「ねえ、裸エプロンってどういうところが魅力的なの? というかエプロンって必要?」


「そ、そりゃ料理するんだから着ていたほうがいいだろ。油とかはねたら火傷するだろうし」


「そうなんだ。でもどっちかというと、なにも着てないほうが男子は嬉しくないのかな?」


「うーん、どうなんだろ」


 目玉焼きにソースをかけながらとぼける俺。


 もちろんなにも身につけてないほうが嬉しいに決まっている。


 だけど、そう答えると女子の裸が好きな変態だと思われそうなので口をつぐむ。


「じゃあさ、京ちゃんが学校から帰ってきたときに、玄関までお出迎えにいったわたしが、なのとなのだったらどっちがいい?」


 ジョジョ第三部のディオの世界ザ・ワールドのように琴乃は時を止めた。


「ねえねえ、どっちがいいの? やっぱり裸エプロンのわたし?」


 ソースがドボドボと音をたてて目玉焼きにかけられていたので、慌てて手をとめた。


 あぶねえ。琴乃がいきなりドキッとするようなことを言うから頭の中が真っ白になってしまった。


 琴乃は早く答えてと言わんばかりに、テーブルから身をのりだしている。


 どっちって言われてもな……


 俺の脳内に裸エプロンの琴乃が浮かび上がる。


 俺よりも頭ほど背が低く、いまだに小学生に間違えられることもある琴乃だったが、子供っぽい見た目に反して胸はかなり大きい。


 それに小・中学校と校内一の美少女と称賛されていた琴乃だ。小柄だからマスコットキャラみたいな扱いであったのもたしかだが。


 まぁそんな琴乃に比べると俺はまったくと言っていいほど人気がなかった……顔もフツーだし……琴乃くらいだよ、かっこいいと言ってくれるのは……そんなことに言われてもな……


 話がそれてしまったが、琴乃の容姿に関しては幼なじみだからひいき目で見ているとか、逆に見慣れすぎて感覚が麻痺しているとかではない。


 冷静に捉えて琴乃はかなり可愛いと思う。


 そんな彼女がなにも身につけずにエプロンを着たとすると――ってダメだろ! 琴乃のそんな姿を想像するなんて!


 琴乃のことは異性としては意識はしているが、それは恋愛感情があるからではない。


 だから俺が琴乃のそんな姿を想像するのは、実の妹に欲情する変態兄貴みたいなもんだ。


 頭をぶんぶんとって邪念を取り除く。


「あれ? 違うのかな? じゃあ、裸のわたし?」


 こ、琴乃の裸……中学校にあがるまでは一緒にお風呂に入っていたから何度も裸を見ている。


 しかしあの頃といまとでは、その、体のメリハリというか、凹凸おうとつというかデコボコというか、あ、全部同じか。つまり琴乃の体が大人の女性になっていて、一緒にお風呂に入っていた頃とは違いすぎる。


 見たくないといえば嘘になるが、学校から帰ってきて玄関先で裸の琴乃にお出迎えされたら、確実に理性が崩壊して幼なじみを続けていく自信がない!


 一線を越えたら、いまの関係でいられなくなってしまう。


 俺は琴乃とこれから先もずっと兄妹のような関係でいたいんだ!


 だから裸はダメだ! 裸、ダメゼッタイ!


 ならば裸エプロンか? いや、それはそれで隠された場所を見たいという男の欲望が押さえきれないわけで。


 ああ、どっちを選べばいいんだ、俺は!


「――ぇ、ねえ、京ちゃん! 京ちゃんってば!」


「へ?」


 琴乃の声で現実に戻される。


「ご、ごめん。ちょっと考えこんじゃってた。どっちも選べなくて」


「ふふ、京ちゃんは欲張りさんだね」

 

 琴乃が無邪気に笑いかけてくる。


 その笑顔を見ていると、なんだか自分が必要以上に邪なことを考えていたのではないかと思ってしまい、急激に顔が熱くなった。


 そもそも琴乃が質問してくるから、真面目に考えただけなのにこんな気持ちになるなんて不思議だ。


 そんなことを思いながら目玉焼きにソースをかける俺。


「言っとくけどな、別に両方とも見たいとかそういうんじゃないからな! そもそもどっちでもいいから選べないわけだし」


「うん、わかったよ。それよりねえ、京ちゃん」


「なんだよ?」


「それソースかけすぎじゃない?」


「あぁぁああああぁ!」


 皿の中で黒い液体に浸かった目玉焼きが、うらめしそうに俺を見ている気がした。


 さっきソースをたっぷりとかけていたのをすっかり忘れてた……幼なじみで変な妄想をしたからきっと罰があたったんだ……

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