第2話 異世界生活の始まり
ファンタジー・ファーム5の世界が、現実となった。
あまりの衝撃的な現象に、しばらく俺は呆然とする。
あるのかそんな事が……?
でもそうとしか考えられない。
VRだったら、嗅覚があるのも、股間に一物がついているなんてことも、ありえないはずなんだ。
現実になったとしか考えられない。
まあ、待てポジティブに考えてみよう。
俺は現実世界ではどんな奴だったかと言うと……絵にかいたような底辺だった。
頭も悪くないし、運動もそこそこ出来るが、やる気と言うものが、勉強などに一切向かなかったため、微妙な学校に行き、微妙な職業についた。
ブラックな企業で、月間200時間働いて手取りは20万くらい。
親しい友達もいないし、親との仲もよくない。
正直、日々のファンタジー・ファーム5をやる以外、楽しみなんてないような生活を送っていた。
そんな俺がどうだ。異世界に転移した。それも大好きなファンタジー・ファーム5の世界に。
夢で見たようなことが現実となったわけだ。これ以上の幸福な出来事はない!
という気がするのだが、でもやっぱり異世界に行くってのは不安が大きいというか。
いくらでやり込んだゲームとはいえ、現実になるのはちょっと怖い。
戦闘要素もあるゲームだったからな。
たぶん初期状態に戻っているっぽいし。
育てた状態ならまだしも、初期状態では戦闘で負けるかもしれん。
そうなると、もしかして死ぬのか?
ファンタジー・ファーム5には、ゲームオバーの概念がなく、モンスターの攻撃でHPが0になった場合、病院に運ばれていた。
ただあれは、やられるたびに、なぜか運よく誰かが通りかかって運んでくれるという、設定だったので、果たして現実になってもそうなるかは分からない。
不安だ。
何か情緒不安定だな。
異世界転移したことへの期待と不安り、両方の気持ちが混在している。
どの道、戻る方法など見当もつかないし、ポジティブに生きた方がいいか。
コンコン。
家の扉がノックされる音が聞こえてきた。
これは最初に起こるイベントだな。
俺は扉を開ける。
「こんにちは~」
おっとりした顔の少女が扉の前に立っていた。
白いワンピースを着て、白い帽子を被っている。
髪は長い黒色。
手首に木で編んだ籠を下げている。
年齢は十代半ばくらいだ。
「こんにちは」
俺は挨拶を返す。
「初めまして、私、ミナ・リーエンっていいます~」
ミナ・リーエン。
このゲームに出てくるNPCの一人だ。
俺が住むことになる牧場の近くの町にある、雑貨の娘である。
「あなたが新しくこの牧場に来た、牧場主さんですよね。話は聞いていますよ~」
このゲームは、最初に牧場の家の前に、ミナと会話をするところから始まる。
「お名前は何て言うんですか?」
ゲームの場合、ここで名前を付ける。
ダイアログボックスが出てきて、名前を付けてくださいみたいに出てくるのだが、現実となった今は出てこないみたいだ。
「タクマ・サイトウだ」
その方が自然だと思い、姓と名を反転させて答えた。
「タクマさんですかよろしくお願いします~。私、町の雑貨屋の娘なんですよ〜。これカブの種です。よけれれば育ててみてくださいね~」
俺はカブの種を受け取った。
「育てたカブは、自分で食べてもいいですが、売りたい場合は、あちらの収納箱に入れれば、毎朝六時に買い取りに来ますので、入れてくださいねー」
家の横にある収納箱を指差して、ミナは説明した。
この辺はゲームと一緒だな。
「教えてくれてありがとう」
「いえいえ~。では牧場経営頑張ってくださいね~」
そう言ってミナは去って行った。
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