転生したら転生して勇者とバイト大学生兼業する事になりました

ぜろ

第1話

 小さな頃から違和感はずっと付きまとっていた。さすがに生まれた頃から、という事はないんたけれど、それでもその違和感は年齢を増すごとに強くなっていって、二十歳の頃には耐えられなくてお酒任せに叫んだことすらある。

 曰く、「どこじゃいここは」。

 私が産まれたのはアルジャータ王国の辺境の村で、っていう所でもう御察しだと思う。

 異世界だった。

 私が太陽系第三惑星地球日本で天寿を全うし息を引き取った後に生まれたのは、ヨーロッパもオーストラリアもアメリカも日本もない、異世界だった。

 占い師に頭のおかしい人間と思われても良いと思いながらこっそり尋ねてみたところ、稀にそう言った異世界の記憶を持つ転生者はいるらしく、まあ適当に馴染んでこっちの世界を生きているのだと言う。でもリンゴもニンニクもジンギスカンもない世界は私にはただひたすら苦痛で、その苦痛から逃げるために剣を鍛えて女だてらに吟遊詩人達の護衛に当たったりしていた。彼らの言葉はたまに私の世界の事と思しきものも入っていて気持ち良かったからだ。その心地よさを守るために、私はがむしゃらに戦った。気が付いたら『勇者マリン』と呼ばれるほどに、いつの間にか強くなってしまっていた。身体も装備も傷だらけだったけれど、それでも吟遊詩人たちの歌の為なら頑張れると思っていた。

 そこまでは良い。

 問題はその『勇者マリン』の噂に、アルジャータ王が興味を持ってしまった事だった。

 実は最近魔族の中では転生者を違う世界に送り込み、悪さをしていると言う。よければお前も転生して勇者として戦ってくれないか。

 即オッケーした。

 その異世界がどんな所かは解らないけれど、この世界の違和感から逃げ出せるなら何でもよかった。勿論世話になった両親や吟遊詩人たちに未練はあったけれど、それでも私は源タレ恋しさに魔法陣に入ったのだ。


 と、それがざっと十九年前。

 現在の私はと言えば、コンビニバイトで暮らしている大学一年生女子だ。


 そう! やっぱり私が思った通り、異世界は私の世界だった! ユーラシア大陸もゴビ砂漠も青森県もある、あの懐かしき世界! 生まれた時に日本語が聞こえた時には感動で咽び泣いたほどだった。いや単に苦しかったのもあるけど。生まれる時に意識があるってあれね、めんどくさいわね。今度は無意識で生まれたい。そんな事はどうでも良くて、私は優しいお母さんとちょっと厳しいお父さんの間で三度目の人生をやっている。人生も三度目となると私はわりと優秀な学歴を持つことも出来て、今も青森の進学校から東京の大学に行ったほどだ。アパート代は自分で出してるけれど、うちもあんまり裕福じゃないから、迷惑はかけてると思う。奨学金取っても良かったんだけどあれは返済が面倒くさいのだ、この就職極寒の時代では。だからせめて月にアパート代だけは稼いで、実家が米所だからそこからご飯は送ってもらっている。我ながら贅沢な暮らしをしていると思う。今日もアパートに帰ると丁度宅配屋さんとかち合って、開けてみればねぶた漬けが入っていた。ビバ! 青森の味ビーバー!

 元から青森県民だった私はウキウキしながら玄関の鍵を掛け、携帯端末から実家の番号を呼び出し――かけて、母の携帯番号を選ぶ。ファミリー割って便利よね、家族間通話はタダなんだもの。私がいた時代なんて黒電話だったわよ。だからこの異物に慣れるのにはちょっと時間はかかったけれど、子供の学習能力はすごいのだ。ふふふ。

「かっちゃ? わだわだ、真凛だじゃー。ねぶた漬け届いだでー、わりいな手間掛げで」

『なんも、出世払いしてければどったこどねえじゃ。風邪ひがねでらが?』

「青森の冬さ比べったらくったらの秋みてーなもんだじゃ、へばバイトあるして、まだ掛けるなー」

『うい、へばなー』


標準語訳

「お母さん? 私私、真凛だよー、ねぶた漬け届いたよー、手間掛けてごめんね」

『何言ってるの。出世払いしてくれればどうってことないわよ。風邪は引いてない?』

「青森の冬に比べたらこんなの秋みたいなもんだよ。それじゃ、バイトあるから、また掛けるね」

『うん、じゃあね』


 ああ、懐かしい方言の味。石川啄木なら故郷の訛り懐かし停車場の、ってとこだわ。啄木だっけ。まあ良いや、私は靴のまま洗面所に向かって(こういうこと出来るのが一人暮らしの良いところよね)、メイク崩れを簡単に化粧水ミストで直す。さて、教科書類を玄関に置いたら次はバイトモードだ。バイト先には『魔王』がいるから遅刻できない。最寄りのコンビニ目指して私は走り――

由羽紗ゆうしゃ入りまーす」

「遅い」

「二分早いですよ」

「五分前行動をしろと常に言っているだろう。ったく、今どきのガキは」

 と言う訳で。

 鬼のバイトリーダー『魔王』こと、左袒君です。

 多分本人は気付かれてないと思ってるんだろうけれど、真っ赤に染めた逆立った髪とじゃらじゃらのピアス(髑髏ばっかり)、何より鋭い八重歯と言い難い牙で、魔王だってバレバレなんだよねー……。いや、私の由羽紗って苗字もバレバレすぎると想うんだけど、左袒君も左袒君でバレバレだと思う。バイトリーダーとは言っても店長の息子さんで、私より二つ年上の二十一歳だ。大学には行かず、高校を卒業してからずっとおうちの手伝いをしているのだと言う。本来なら社員さんにもなれるのに、いまだにお給料はバイト並みだそうだ。真面目で良い息子なのよー、と言ってるおばさん、あなたの息子さんそれ魔王ですからね。サタンですからね。デーモンですからね。デビルマンじゃないですからね。

 まあそんな事はどうでも良いとして、今日も私は品出し期限切れ商品の回収とこき使われる。近くに総合大手商社があるので、結構忙しいコンビニなのだ。うっ、コンビニスウィーツ食べたい……でも期限切れした物は持ち帰り厳禁、悲しく私は袋に大福やら菓子パンやらを詰める。これがもらえたら食費大分浮くのになあ。思いながらも顔は笑顔を作って、接客接客。ありがとうございましたまたお越しくださいませ――……来れたらな。


 私は知られないようにそのお客さんにお釣りを渡す際、小さな小さな針を刺す。

 神経毒。私の固有スキルみたいなものだ。これで勇者としてのし上がってきたようなものだからね。

 多分彼は突然気分が悪くなって、近くの公園で休むだろう。

 それを――


「魔王の手の者だな?」


 由羽紗真凛ではなく勇者マリンになった私は、レイピアを持って彼の前に立つ。傍から見ればコスプレでしかない、けれどそこにあるのは確かな殺気だった。男は胡乱げに顔を上げ、こくりと頷く。恐らく商社マンとしてのし上がっていつか世界を混沌に陥れようとしているんだろうけれど、そうは問屋が卸さないのだ。って言うかこの私が許さないのだ。

「勇者――マリンか」

「ご明察」

「ならば早く殺してくれ」

「何故?」

「パワハラモラハラセクハラ、ハラスメントに満ちたこっちの世界にはもううんざりだ。早く向こうに帰りたい。頼むから早く、俺を殺してくれ」

 ……うーん。

 最近多いんだよねえ、こういう自殺志願者。受験生は勉強に疲れて、中高年は仕事に疲れて、老齢者は人生に疲れて。こういうのを見てると私もいつまで『勇者マリン』を続けていられるか心配になるのも真実だ。今はまだ勉強に没頭していれば良い学生だけど、その次よね問題は。世界中にはびこる悪の手先を倒すために世界を股にかけるキャリアウーマンになることも考えたけれど、英語の成績は正直パッとしないし、第二外国語のフランス語に至ってはアルファベット覚える所から難関だった。かと言っていつまでもコンビニバイトでは暮らしていけない、両親だって年を取ることを考えるとIターンして田舎のそこそこの会社で事務とか経理とか、の方が現実的ってもんだ。

 だけど田舎にモンスターはいない。この東京のモンスターすら百匹も倒せていない私には、使命と言うのが結構重くのしかかっているのだ。王様の話では一度に二十匹から転生させられるって言うんだから、たまったもんじゃない。こっちは勇者一人なんですからねー。はーっと息を吐く。吟遊詩人たちの声が妙に懐かしかった。こっちに戻らない方が良かったのかなあ、こんな制約付きだと。でも源タレのない生活は青森県民には耐えられないのよ。リンゴとニンニクがない生活にも耐えられないのよ。ソウルフード舐めんな。


 こっちに来てる魔物もそーやって故郷を懐かしんで勝手に死んだりしてくれると楽ちんなんだけれどなあ、なんてちょっと残酷なことをか考えつつ、私はレイピアを男の額に突き刺した。

 これがまた良い顔で死んでくれるんだから、こっちは救われないったらない。

 さらさらと砂になっていく身体は服だけ残して消えて行った。

 私はとりあえずその財布から万札だけ抜き出す。

 勇者ぁ? 銭あってのもんですよ、そんなのは。

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