未来塾

せきぼー

1.同級生は二刀流

高校3年の7月。続けてきた野球部の引退試合に敗れたのは3日前のことだった。これまで多くの時間を共にしてきた同じ野球部員でさえも3日も過ぎれば、ただの同級生のようになってしまう。一機(かずき)は最近、そんなように感じていた。自分のこれからをどのように過ごそうかといつもぼんやり思いながら、長引く梅雨空の下を一人で帰宅していたのだった。

 すると、道路の継ぎ目で自然に鳴る自転車のベルの音が後ろのほうから近づいてくる。

「おぅ、一機!」

聞きなれた声がしたので振り向くと、

「これから塾だから…じゃあなー」

自分を追い越しながら行ってしまったのは、同じ野球部員だった順二(じゅんじ)だ。順二と一機は、対外試合の日は、いつも待ち合わせをして一緒に行くほど、仲が良かった。でも、今は、

「あっ、おぅ!」

と、自分は手を挙げて順二にわかるように合図するのが精一杯。ほんの一瞬だった。ただの同級生を感じさせる、また、それを裏付ける一瞬でもあった。



家に着き、いつものように玄関前の郵便受けに左手を突っ込むと、いつものようにロープライスの家電量販店と毎日が特売のスーパーのチラシが入っていた。そして、誰も居ないと分かっている家に入り、

「ただいまー」

と、いつものようにひとり挨拶をして、左手に掴んだチラシはそのままゴミ箱へと向かおうとしていた。その時、いつものチラシの中から、いつもとは違った種類のチラシがひらりと床に落ちたのだった。

 『~進路のことなら未来塾~』

新しく近所にできた塾の勧誘チラシだ。一機はこれまで、塾というものに一度もお世話になっていなかった。それでも、学校の成績はまあまあ普通で、テストの点数も平均付近をのらりくらり。5段階評価では、3か4のどちらかにいつもお世話になっている。

「はぁ塾…か。どうすっかなぁー。みんな塾に行ってるんだよなぁ…あー大学受験か…」

そう、あの順二も高1の秋頃から、野球部と進学塾との二刀流で頑張っているのだった。順二は野球の守備力と全教科の学力レベルがとても高い。一機の目には、そんな彼が、文武両道という、信号機や交差点の無い道路をまっすぐ突き進んでいるように映っていた。

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