希美の[ボイル] その二

「うおおお!」

 興介はまた、竹刀を振って自主練に励んでいる。相手は第助の[ディザーブ]。[ハーデン]のチカラで硬くしておいて、竹刀も持たせている。

「興介、いくら頑張っても[ディザーブ]には勝てないと思うよ? 人間と式神じゃ、パワーもスピードも月とスッポンだ」

 第助はただ一人、興介の練習を見守っている。暴力事件を起こしてしまって、誰も相手をしてくれなくなった興介がかわいそうだと思ったから、自分ができることを何か見つけてしてあげようと思った。その結果が、竹刀を握れない[ハーデン]の代わりに[ディザーブ]が興介の相手をするということになった。

「ブオオオオオモオオン」

「あ、こら! だから象牙は反則だって言ったじゃないか! 竹刀を弾くんじゃない!」

「プオ?」

 自分よりも段違いで力のある[ディザーブ]は、相手にとって不足はない。だが、主人は自分ではないので、たまに言うことを聞いてくれないのだ。何度言っても、こちらのさばけそうにない攻撃を、象牙でガードするのだった。そして注意すると、トボけた表情を見せる。

「もう一回だ。今度はちゃんと竹刀で防いでくれよな。じゃないと練習にならない!」

「ここまで熱心だと、逆に褒めるしかないね。僕には理解できないよ…」

 第助はカバンのペットボトルに手を伸ばした。

「熱い…?」

 ペットボトルが熱を帯びている。ラベルの隙間からお茶の水面が見えたが、グツグツと煮えたぎっている。

「な、何だぁ?」

 これは異常だ。第助は一瞬で、本能で理解した。

「こ、興介! 何か…ヤバイ!」

 カバンをいきなり放り投げた第助だったが、興介からすればその行為は意味不明だった。

「何が?」

 当たり前のことを聞かれる。

「僕のお茶が、沸騰しているんだ!」

「はあ?」

「だから! 常温のはずのペットボトルの中の液体が、異常な温度になっているんだ!」

 第助の言っていることはわけがわからなかったが、顔は真剣だった。だから興介はカバンを竹刀で突いてみた。中身を竹刀で探ってみる。

「気をつけるんだ! 今にも破裂しそうなぐらいブクブクと…」

「これがか?」

 カバンから転がって出てきたペットボトルは、何の異常もない様子。

「そんな……。さっきは確かに、熱かったんだ」

「けどよ…。飲めないぐらい熱すぎるわけでもないぞ?」

 そう言って興介はペットボトルを持ち上げてみせる。

「……? 僕の、勘違いか?」

 第助は蓋を開け、中身を飲んだ。さっきとは全く異なり、冷たいお茶が喉を通る。

「でも、見間違うってことはおかしいぜ。最近芽衣が召喚師に襲われたとか聞くしな。警戒はしておこう」

[ハーデン]が周りを確認する。[ディザーブ]もキョロキョロする。怪しそうな人物は、特にいない。

「敵の攻撃か? それともまだ、召喚師がこの学校にいるのか?」

 もしくは海百合の仕業か、と言いかけたところで興介の口の動きが止まる。

 近くに学校の管理する小さな池があるのだが、そこで魚が跳ねたのだ。鯉や金魚ならジャンプしてもおかしい話じゃないが、興介が目撃したそれは、膨らんだ針だらけのフグのような姿だった。

「………第助、池だ。池の中に何かがいる…!」

「池にかい? 魚とザリガニしかいないと思うけど…」

 次は二人の声が重なった。

「式神か!」

 池に近づいて、竹刀を突っ込んでみる。手応えはない。

「この中にいるのか…出てきやがれ!」

 興介が池の中に入ろうとしたが、第助が止めた。

「きっと式神のチカラは、水を沸騰させることじゃないかな? もしそうだとすれば、入った瞬間に…!」

「それはマズいな。だがどうやって池の中の式神を攻撃する? [ディザーブ]ならいけるか?」

「それは無理だ。姿を確認できない相手には何も与えられない」

「いいや違うぜ。池の水に与えればいいんだ。何でも与えられる[ディザーブ]のチカラで、[ハーデン]のチカラを!」

 二体の式神の連携プレーは、素晴らしいものであった。もちろん召喚師がいてこそできる行為である。池を充たす水は下の方から順に硬くなり、生き物が弾き出されていく。

「鯉、金魚、ザリガニ、ヤゴ…」

 ありふれた生き物ばかり出てきたが、その中で異様な物が一つあることを二人は見逃さなかった。

「何だあれ…。提灯みたく膨らんで、やっぱりフグか? それともハリセンボン?」

「とにかくアレが式神だね。[ディザーブ]!」

 第助は素早かった。飲み干したペットボトルを相手に与えてやるのだ。水面から弾き飛ばされたそれは、地面の上で跳ねている。

「[ハーデン]のチカラは解いた。後はあの式神を叩くだけだな」

 大きく振りかぶる興介。だが後ろから、声が聞こえる。

「ちょっと、待ちなよ。もう勝った気でいるの? バカなの?」

「誰だ!」

 そこには少女が、プラスチックの鉄砲のようなものを向けて立っている。

「普通に考えればわかるでしょう?」

「召喚師か。だがその手のものは何だ? 見たところ子供が風呂場で遊ぶために買ってそうな水鉄砲のようだが」

(水鉄砲? それは、武器だ)

 第助の行動が遅かったら、興介は熱湯を顔に浴びて火傷していたであろう。水鉄砲から放たれたのは、水ではなかった。

「へえ、少しはやるの?」

「式神のチカラを計算に入れるのを忘れていたぜ…。撃ち出したらお湯にして、不意打ちとはな」

 驚いたことにあの式神は、チカラの対象が周囲の水で、触れていなくても発揮できるのだ。

「確かに熱湯は[ハーデン]のチカラでは防げないだろうな。だが! 面と向き合えば俺の[ハーデン]と第助ぇの[ディザーブ]の敵じゃない。覚悟しな! 俺は霧生とは違う、女だろうが容赦はしない!」

「はあ、あんたたち、頭大丈夫? 今日のこれからの天気知ってる?」

「て、天気?」

 二人は空を見上げた。雲模様は悪く、今にも雨が降り出しそうだ。

「まさか!」

 二人の目線が少女に戻る。同時に顔が青ざめている。

(降り注ぐ雨すら、熱水に変えられるというのか?)

「ね、ねえ興介? 雲に[ハーデン]のチカラを与えて、雨を降らせないってのはどう?」

「無理だ…。雨ってのは、地面に到達する十分前には降り始めている…。校舎内に一旦引くぞ、第助!」

 二人は昇降口に駆け込んだ。

 誰もいなくなった池のほとりで、少女…希美は自分の式神である[ボイル]を回収した。

「ねえ希美、攻めに行く?」

[ボイル]は会話ができる式神だ。

「いいえ。ここは良和からの連絡を待つわ。アイツだってそう簡単にはやられないし、もし私の方から助けてって言ったら情けないじゃない?」

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