姫百合と[リカバー] その三

 墓守神社は、人目につかないところにひっそりと建っている。管理する者がおらず、所々が腐っており、雑草もボウボウに生えているその有様には、衰退の二文字がよく似合う。そんな冴えない場所の上を、[ブリリアント]が飛んでいくのが見えた。

「と〜も〜え〜、と〜も〜え〜。れ〜みぃ〜ふぁ〜み〜れぇ〜みれし〜」

 謎のリズムを口ずさみながら、灸は近くの墓場を見回る。まだ霧生たちはやってきていない。

「おおお、姫百合が来たぞ! 霧生も一緒だ!」

 と、いきなり叫んだ。

「まさか!」

 古びた建造物から巴が飛んで出た。だが、その二人はどこを見回してもいない。

「また、お前の悪い癖が出てるぞ! いい加減にしろ、このバカ! 本当のことだけ私に伝えろ!」

 巴は怒鳴って、建物の中に戻った。ついでに灸も中に入っていく。

「でもよ? これからどーすんだ? 芽衣を連れて市内から脱出するのはまず不可能じゃないか?」

「アホ抜かせ…。姫百合からは距離を取ったのは、逃げるためじゃない。時間が欲しいのさ」

 未だ気を失っている芽衣は、床の上で横になっている。目覚める気配が全くないが、そんなに疲れでも溜まっているのだろうか?

「絶対に見ているはずなんだよ芽衣は。藤四人衆の式神をなあ! そうだとすれば私たちにも勝算が出てくるんだ。いつもデカい顔しやがって、絶対に潰してやる! 灸、お前もそう思うだろう?」

「同意だな、それには。でも芽衣、口を割るかな? 腐っても召喚師だろぉ?」

「かなり難しいだろうな。何せ、誘拐だ。でも私たちも切羽詰まってんだぜ? もう手段は選んでられないんだ。それを絶対にわからせる。わかったらさっさと見張りに戻れ、灸! 見かけたら絶対に知らせろよ!」

「へいへいへーい」

 外に出ると灸は、

「全く、巴のヤツは自分勝手が過ぎるぜ。勝手にアレコレ決めて動きやがって…」

 と文句を言うが、急にそれが止まる。そして札を出すと、

「[ディフューズ]……。どうやらもうそこまで来てるらしいな?」

 自身の背丈ほどの大きさもあるカマキリに灸は話しかけた。

「ブッッシャアアアアアアアアア…」

[ディフューズ]は喋れる式神ではない。だが意思疎通に困るわけでもない。灸も[ディフューズ]も、ある人物たちの接近に気づいたことを察した。そして畳んである翅を広げて、大げさに羽ばたいてみせる。上手く飛べないために、偵察向きではない。だが力は強い。

 罰当たりなことに灸は[ディフューズ]に、近くにあった墓石を持ち上げさせた。そしてそれを、ある方に向かって全力で投げる。

「くらいな!」

 だが反応できない動きではなかった。霧生も姫百合も、余裕を持ってこれをかわす。墓石は地面に落ちると同時に砕け散る。

「何つーことしやがる、コイツ…」

「彼が灸ですわ。あまり信用できる口ではございません」

「コレが灸か。ということはあのバカデカいカマキリが[ディフューズ]?」

「ええ」

 相手と面と向き合う霧生は、バラバラになった墓石を拾い上げた。

「チカラは氷を拡散させること…。それに気をつければなんてことはないな!」

 石が、大きめのクモに変わると、地を這って動き出す。それだけではない。スズメバチも[リバース]のチカラで、消しゴムを変えて飛ばす。

「意味ないな〜俺の式神[ディフューズ]は、冷気を生み出して周囲に拡散させることができる。そんな毒虫を叩き潰すなんざ、何の苦労も必要ねえな!」

 灸に向かってくるクモとハチ。[ディフューズ]が前脚のカマの部分に冷気を貯め、氷を生み出すとそれを渦巻くように拡散させる。そして氷の刃が勢いよくクモとハチを襲う。

 だが、灸の思い通りにはならなかった。氷が当たる一瞬だけ、クモは元の墓石に、ハチは元の消しゴムに戻る。

(何ー! ヒットする瞬間を見切って、耐久力のない生物で受けるよりも元の物質に戻ってガードするだと? コイツの式神のチカラが思ったよりも器用だ! コレは苦戦するか…!)

 石は氷よりも硬い。簡単に弾いた。そしてクモに再び戻ると、前進を再開する。一方の消しゴムは氷に真っ二つに引き裂かれはしたが、今度は二匹のクマバチに姿を変える。

「灸、安心しなよ。お前がその気なら、毒は使わせない。今すぐ芽衣を解放すれば、俺は見逃してやるよ」

「うぐ…。こりゃあ、マズい! 非常にマズいぜ!」

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