姫百合と[リカバー] その二
「着きましたわ」
潰れた工場にたどり着いた。誘拐するならここ、って感じの場所だ。
「手当たりしだい探そう、いや、探させる」
その辺に落ちている鉄パイプやらドラム缶やらを、[リバース]のチカラで豚に変える。
「豚は土の中に埋まっているトリュフを探し出せるくらいには嗅覚がいい。こんな工場なら、人間の匂いを嗅ぎ分けることなんて、わけないはずだ」
その辺の一斗缶の上に腰を下ろす霧生。姫百合はスカートが汚れるのが嫌だったため、立ったままだった。
「ガブ?」
[リバース]が呟いた。
「何だと?」
「どうかなさいました?」
霧生はそれを聞いて驚いているが、姫百合には理解できていない。
「たった今、豚がやられた…。どうやらこの工場に、巴と灸のどちらかが潜んでいるようだ…。豚には荷が重すぎたな、俺と[リバース]が直接出向かないと」
立ち上がり、工場の内部に足を進める。姫百合もついていく。ポケットの小銭を[リバース]に渡すと、それが蚊に変わる。
「姫百合、二人は真菰を襲ったんだよな?」
「左様でございますわ」
「なら二人には、ただの蚊には見えない。真っ先に[ドレイン]と疑うはずだぜ。そして怯んだところを一気に攻める。いいな?」
構いませんわよ、と姫百合は返した。
まずは数匹の蚊に、侵入させた。蚊は二酸化炭素濃度と温度で人を探す。だから二人の場所を探せるはず、と霧生は踏んだ。そしてこっそりと工場内に踏み込む。
薄暗く湿っている廃工場内は、隠れられるところが多い。豚がどこでやられたのかがわからないので、一歩一歩慎重に歩む。
急に、霧生が手を挙げて足を止めた。
(消し炭がある。きっと豚だった鉄パイプだ。巴の[ブリリアント]…って言ったか、式神のチカラはプラズマ。一体どんな…)
今度は姫百合が、ある一方を指差している。その方向は、蚊が向かっていく方とは異なるが、よく見るとそこに、白いクワガタが飛んでいるのがわかった。
「あれは巴の[ブリリアント]でございます。大顎の間でプラズマを生成し、それを直線上に飛ばすことができますの。くれぐれも、撃たれることのないように…」
幸いにも、[ブリリアント]はこちらの存在に気づいていない。霧生と姫百合は近くの物陰に身を隠した。
「君の式神は、あの[ブリリアント]を離れた距離から攻撃できる? バレずに近づくのは無理そうだ」
「それは、叶いません。ワタクシの式神…」
胸ポケットから札を出すと、姫百合はそれを召喚した。朱雀の見た目の式神が、そこに現れた。
「[リカバー]は、触った物にしかチカラを発揮できません。ですが、距離を縮めることは可能でしょう」
「おい、それは無茶だぜ。飛び道具もなければ、式神のチカラも近距離専用…。でもあの[ブリリアント]は容赦なくプラズマを撃ち込んできやが……」
霧生が喋っている途中であるにもかかわらず、姫百合は飛び出した。[ブリリアント]の方はまだそれに気づいていないのか、違う方向を向いている。
「おい姫百合! 何を血迷ったことを!」
慌てて霧生も物陰から姿を出した。
「ギシャアアアアア!」
(マズい! [ブリリアント]がこっちを向いたぞ! しかもあの光は…!)
プラズマである。[ブリリアント]の向きから察するに、姫百合に狙いを定めている。このままでは、姫百合が撃たれてしまう。霧生は咄嗟に、姫百合の前に出た。それはプラズマが大顎の間から発射されるのと同時であった。
「うごおおおおおあああああああああっ!」
叫んでも叫び切れないほどの激痛が、霧生を襲った。撃たれた右腕を確認すると、完全に炭化している。指すら動かすことが叶わない。
「姫百合…。どうして勝手に動いたんだ? 俺の腕は、治療で済むレベルじゃないぞ…。ここから先を切り落として、義手をはめなきゃいけない!」
堪えられる痛みではないが、何とか口を動かすことができた。
「いいえ、その必要はありませんわ。[リカバー]!」
[リカバー]の羽が、霧生の負傷した右腕に優しく触れる。すると驚いたことに、プラズマによって炭化したはずの傷が、元々の皮膚の色に変わっていくのだ。
「これが[リカバー]のチカラか…! 怪我を治せるのか!」
「そうですのよ。[リカバー]は、壊れた物が何であれ、元々の真実の姿を復元できます。だから貴方の腕も、ご覧のように元どおりに。壊れた姿は偽りで、元の姿が真実。[リカバー]はそれを追求するだけですわ」
「そいつはありがたいね。でも、こうして負傷を治しながら近づくのは、いくらなんでも力技が過ぎないか?」
「チマチマしても、解決には至りませんの。時には大胆な行動も辞さないと心がけておりますわよ」
今、[ブリリアント]はまた向きを変えた。顔の延長線上には、蚊が飛んでいる。それを撃ち落そうとしているのだ。霧生の読み通り、[ドレイン]と勘違いしているのであった。
「今の内に、近づきましょう。[ブリリアント]を捕まえれば、巴も出てきますわ」
「いや、それはきっと違うぜ…」
霧生は、理解していた。この建物の中に、芽衣はいない。豚も蚊も、探せていないのには理由がある。それは簡単で、違うところに幽閉されているからだ。そして人自体も見つけ出せないということは、[ブリリアント]の主人である巴もここにはいない。器用なことにあの式神は、召喚師がいない状況でも活動が可能なのだ。
「前に芽衣が、式神との絆がどうのって言ってたけど、こうもあっさり上回られると気が滅入るよ…」
式神の[ブリリアント]と普通の生物と変わらない蚊では、勝負は見えている。[リバース]の生み出した蚊は、あっという間に撃ち落とされるか、プラズマをまとったままの大顎に挟まれて、元の小銭に戻っては砕け散る。
「チッ。まあ期待しちゃあいないが、やられちまったか。百円玉もあったのに、あのザマじゃジュースも買えないぜ」
そして霧生は身構える。また[ブリリアント]の大顎が光り輝いているのだ。プラズマを発射しようとしている。向きはわかるし、姫百合の[リカバー]のチカラもあるので、先程までよりも脅威ではないが、警戒するに越したことはない。
「……来るか!」
だが、来なかった。[ブリリアント]は振り向くと、後ろの壁に向けてプラズマを放った。壁に大きな穴が開くと、そこから[ブリリアント]は飛び去っていった。
「どうですか?」
「逃げられたぜ…」
「と、なさいますと?」
霧生は自分の推論を姫百合に聞かせた。
おそらくあの式神は、自分たちを倒しに来たのではないのだろう。任務は言わば、偵察。この廃工場に自分たちが来るのを待っていたのだ。
「どうしてそのようなことをする必要がありますの?」
姫百合の疑問も無理はない。
「場所を移したからだよ。君はここに芽衣が監禁されていると知っていた。だから違う場所に移った。それがバレているかどうか判断するには、ここで俺たちを待てばいい。もし俺たちがここに来れば、新しい監禁場所の情報は知られていないとわかる。そして現に来ちゃったから、安心して帰るんだぜ…」
なるほどですね、と姫百合は頷いた。これは面倒なことになりそうだ。
「新しい場所の心当たりはあるか?」
「そうは言われましても…。ありません、わね」
それでは八方塞がりになってしまう。だが、
「ですが。二人だけで逃げるのなら、の話ですわ。そこにもう一人、しかも抵抗されずに逃げるとなると……墓守神社しかありませんわ」
「墓守神社? 確か滑石樫原霊苑の近くの、寂れた神社だが…いや、あり得るか?」
長崎市内の場所である。巴と灸は市外の住民ということを考えると、市内から逃げ出したと考える方が自然だが…しかし、事前に市内で隠れられそうな場所をピックアップしていたのなら…。
「わかった。行ってみよう」
芽衣が誘拐されてからもう結構な時間が経つ。焦る気持ちを抑えながら、霧生は廃工場から出た。
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