熾嫩の[スポイル] その二

「[ディグ]は飛べるよ、遅いけど…。それで水面を蹴れば、穴を開けられる。でも渦巻くわけじゃないから、穴が維持できない」

「[ドレイン]は速く飛べるわ。[ディグ]のチカラをコピーして、代わりに使わせる。そこを叩くのはどう?」

 芽衣は[ディグ]に視線を送った。芽衣としては、作戦に異議を唱えるつもりはない。だが[ディグ]が、チカラをコピーされるのを嫌うかもしれないからだ。しかし[ディグ]は、心地よく頷いた。

「やさしくしてね」

「心配すんなよ、チクリともしねえから」

 式神通しが会話を済ませると、[ドレイン]は[ディグ]のチカラをコピーした。一応数匹の[ドレイン]がチカラを持っておく。

「熾嫩の[スポイル]は?」

 芽衣たちの心配は、[スポイル]のチカラだ。もし人間に、呼吸をすることを一時的に失わせることができるのなら、

「んー、水の中だわ。こちらの様子はわからないはずよ」

 作戦は、まず敵の注意を引きつけるためのプラズマから始まる。このプラズマは水の中まで進むことはできないが、少しは蒸発させられる。それにまず、驚くはずだ。そしてこちらの様子を確認しようと首を伸ばすと予想できる。そうしたら、コピーした[ディグ]のチカラで一瞬だけでも水の中から出してやる。熾嫩が出てきたら、人質にとり、[スポイル]が出てくれば集中攻撃をする。

「今よ!」

[ドレイン]が撃ったプラズマは、水面をほんの少し蒸発させた。ジュウウ、という音がした。

「これでどちらかが、顔を覗かせるはず…!」

 しかし思いとは裏腹に、水面は静まりかえる。

「警戒心が強いわね。いい心がけだわ…」

 こうなっては、熾嫩が息継ぎをするのを待つしかなさそうだ。プールサイドからは、熾嫩の姿は見えるが、[スポイル]は完全に水に溶け込んで姿が見えない。

 五分も待った。息継ぎはまだだ。女子校生がこんなに長く潜っていられるとは、二人は驚きを隠せない。

 だが、待った意味はあったようだ。熾嫩の姿がゆっくりと大きくなっていく。水面に近づいて来ている。[ドレイン]が静かに近くを飛ぶ。

「熾嫩が呼吸をしたら、それが合図。[ドレイン]をけしかけてやって! これを逃すと面倒だよ」

「もー。わかっているわ!」

 もう熾嫩の頭がすぐそこまで迫っている。[ドレイン]は用心しながら編成してその場を飛んでいる。

 ザパン、という音が水しぶきとともに上がった。だが、熾嫩が呼吸するために出てきたのではない。[スポイル]が[ドレイン]たちの背後の水の中から首を出したのだ。

「そっちが?」

 反応に遅れた[ドレイン]の編隊は、一匹残らず[スポイル]の牙の中に消えた。

「この機は逃せない! [ディグ]、お願い!」

 芽衣は[ディグ]を投げた。

「任せて〜」

[ディグ]の飛行スピードは遅いが、芽衣が投げるのなら話は別だ。宙を舞いながら、自身の翅でバランスを保ち、そして[スポイル]の首元にすぐにたどり着いた。

「それ!」

 一瞬で、プールの水に穴が開いた。大きさは直径五メートルほどである。

「何をする気だ、式神よ?」

[スポイル]が[ディグ]の存在に気付き、ヒレではたき落とそうとする。だが動きは鈍く、いくら振っても[ディグ]には当たらない。

 だがこの状況は長くは続かない。水が穴を埋めようとする。

「真菰、やっちゃって!」

「わかってるわ。よくも私の「ドレイン」を! 報いは受けさせるわ!」

 鋭い光が、[スポイル]の左前のヒレを撃ち落とした。

「何ぃ! ぐは!」

 水が元に戻ろうとしている。

「よし、もう一発!」

 今度のプラズマは、左の後ろのヒレを消し炭に変えた。

[スポイル]は水の中に姿を隠す。だが[ディグ]も水の中を泳いでいるので、その動きは簡単に捕捉できた。

「この! 噛み砕いてくれる!」

 だが、一方だけのヒレを失った[スポイル]は得意の水中でも自由に動けず、バランスを崩しまくっている。何匹もの[ドレイン]を葬った自慢の牙も、[ディグ]を捉えることができす、虚しく空振りに終わる。

 熾嫩が水面から顔を出し、呼吸をした。その時だ、[ドレイン]が何匹か、口の中に入り込んだ。しかも喉の奥まで進んでいく。

「あうぁ!」

「そこまで! [ドレイン]は私の式神じゃないから、何をするかわからないよ? ねえ、真菰?」

「そうね。口の中がボロボロにならない保証はないわ。[ドレイン]は仲間思いが強いし、怒り心頭よね?」

 真菰の側で飛んでいる[ドレイン]は、

「そうだな。ギタギタにしてやりてえ気分だぜ? 真菰が許してくれればよぉ?」

 と言う。それを聞いて熾嫩の顔は青ざめていく。

「熾嫩! これ以上戦う気がないならプールから上がって。プールサイドまで上がれば、何もしないと約束するから!」

 すると熾嫩は、抵抗する気がないのか、すぐに水の中から出てきた。

「もう頑張っても意味なさそうだし、[スポイル]もズタボロだし、勝つ見込みもないし…」

 と、ブツクサ言いながら[スポイル]を札に戻して水から上がる。

「はあ、もう終わりだね。何もかも」

 どこまでも消極的なことを言う熾嫩に対し真菰は、

「はー。ここからよ? 誰だか知らないけど、家族を脅されて悔しくないの? さあー、傷ついた式神も札を新しくして…」

「でも本当に殺されたらどうし…」

「もー! いいから私たちについて来なさい!」

 と言って強引に真菰は熾嫩を連れ出そうとする。

「…せめて着替えさせてあげようよ…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る