星夜④
与鷹は保健室にいた。
ベッドのカーテンを締め切り、横たわったままスマートフォンを操作している。割れた画面に指を滑らせると、その
「いった……」
地味な痛覚に顔をしかめていると、なんの前触れもなく画面にメッセージの通知が現れた。
ナオからだ。思わず飛び起きる。
『学校を抜け出せ。今からお前を迎えに行く』
冷たく高圧的な文面だ。戸惑っている間もなく、兄はメッセージを連投した。
『我竜先輩が誘拐の疑いをかけられている』
嫌な予感は的中した。
警官から「誘拐」と聞いた瞬間に思い当たったのは我竜のことだった。しかし、動揺する暇も与えず、ナオはさらにたたみかける。
『全力で坂を下ってこい』
『絶対に捕まるなよ』
『先輩を助けに行くぞ』
力強い言葉に、胸の奥が熱く弾いた。
カーテンからそっと様子をうかがう。保険医の中年女性は担任からお願いされ、与鷹を見張っている。しかし、その目は随分とゆるやかだった。のんびりとお茶をすすっている。
そっとベッドから降り、カーテンを開けた。忍び足で部屋を出ようとする。
「有馬くん、どこに行くの?」
目を盗んで外に出られるとは思っていない。
与鷹は振り返らずに、小さな声で「トイレです」と嘘をついた。これを疑いもせず、保険医は「行ってらっしゃい」と柔らかに見送った。
普段とは段違いに大胆な行動をとっていることに、自分でも驚いている。でも、頭の中は天文部の面々が浮かんでおり、一刻も早くあの三人に会いたかった。
さて、問題はここからだ。保健室をやすやす抜け出せても、学校から出るのは難易度が高いだろう。
与鷹は誰もいない廊下を歩き、まずは素直にトイレへと避難した。しかし、ここでもグズグズしてられない。
「まったく、無茶言うよな……」
時刻は現在、十一時半。
そろそろ給食の時間だ。窓からは校庭が窺える。体育の授業中だった。
もし、外に出ているのがバレたらまず体育教師に見つかるだろう。トイレから出れば、校庭の反対側が見える。こちらには校門があり、見れば誰もいないようだった。生徒専用の昇降口は校庭側。しかし、教師や来客専用の玄関は校門側だ。では、ここをまっすぐ突破するしかない。
与鷹は誰もいないことを確認し、深呼吸した。
意を決して、上履きのまま正面玄関を突き抜ける。後ろは一切振り返らなかった。
ナオの言葉通りに坂を下り、道に出たところで立ち止まった。教師は追いかけてこない。
すると、道の向こう側からクラクションが鳴った。驚いて見ると、白い軽自動車が顔を向けている。
与鷹は思わず笑い、響の車まで走って信号を渡った。そして、
「おっつー、ヨダ坊」
町田の声は緊張感がない。響のテンションも高く、思ったよりは落ち込んではいない。助手席にはナオが座っており、こちらを振り返った。
「なんとか捕まらなかったな」
「意外とすんなり出られたよ。先生たち、油断しすぎ」
息を弾ませて言うと、ナオが愉快そうに笑った。
「今からどこに行くの?」
「もちろん、警察だよ」
聞けば町田がすぐに答えた。エンジンがかかり、車はすぐに道路へ飛び出す。
「てか、今どうなってるの? 誘拐って何?」
情報は一切入ってきていないので、完全に蚊帳の外だった。当事者なのにこの扱いは何事だ。
そもそも「誘拐」なんていう誇張表現に違和感がある。事件にするならもっと騒ぎになるはずだろうに。
これに、響が早口で説明した。
「手っ取り早く言うと、ヨダが部室で生活していたのがバレた。それで先輩が誘拐を疑われてる……でも、あんたの親がずっと黙ってるから、それほどの騒ぎにはなってないわけ」
「騒ぎになると都合が悪いから?」
すぐに聞くと、今度はナオが唸った。
「だろうな。だから、警察も困ってる感じで。事件なのかそうじゃないのか見極めてるんじゃねーかな」
「でももう、これが誘拐じゃないってのはとっくにバレてるでしょ。それにあの先輩が口で負けるわけがない」
町田の言葉に、響は盛大に吹き出す。しかし、この空気を冷ややかにするのはナオの慎重な声だった。
「でも、このまま静観決めてたら、うちの親がごねて
「どういうこと?」
「要するに、マジで誘拐事件に仕立てられるかもしれないってこと。これを仕向けたのが我竜先輩だ」
「そう。あたしたちはまんまと先輩の手のひらで転がされてるんだよ。あのひと、自分が捕まれば、絶対にあたしたちが助けると思ってるんだから」
言葉とは裏腹に響の声は浮ついている。町田もつられるように笑っている。笑えない状況のはずなのに、与鷹まで笑いだしたくなった。
なるほど。それなら我竜のねらいもわかってくる。リスクを冒してまで、真実を公にしようとしているのだ。こうなったら四の五の言ってられない。
「俺、こういうやり方、嫌いなんだよ」
ナオだけはどうにも納得がいかないようで、彼は不機嫌あらわに唸った。
「
その割には一番やる気に満ちているように見える。
「だから、俺たちが解決しなくちゃいけないんだ。いいか、ヨダ。反撃するぞ」
言い方は物騒だが、気持ちは同じだ。
覚悟の
***
遠戸署には事前に連絡を入れてある。向こうも早めに話をつけたかったというので、あっさりと
刑事課は署内の五階にあり、そこまでは全員が無言でいる。緊張感が高まっていた。
エレベーターを慌ただしく降り、響を先頭に刑事課のドアをノックする。少し暗く古びた建物で、廊下は冷たい。署内の雰囲気に既視感を覚えていたが、なんとなく病院のような造りに似ていると思い至った。
「はい」
扉を開けたのは、スーツを着た三十代くらいの男性だった。
「こんにちは。先ほど連絡した野中響です。林尾刑事はいますか?」
「ぼく、有馬与鷹です。今日の朝、警察のひとに保護されました。きちんと話ができなかったので、ぼくの話を聞いてもらえませんか」
「あぁ、私が林尾です。まさか君も来てたなんて思いませんでした」
そう言って、林尾刑事は扉を大きく開き、全員を中へうながした。自分のデスクから黒いノートパソコンを慌てて取り、緊張気味の四人を案内する。刑事課の中を通り過ぎると、デスクが並ぶ部屋の奥に扉があった。鍵を開けると、その奥にまた廊下がある。
「お話は聴取室で聞きます。こちらへどうぞ」
「あの、俺も一緒に話をさせてもらえませんか」
ナオが一歩進み出た。林尾刑事は人の良さそうな眉を困らせた。
「あなたは?」
「有馬那鷹。与鷹の兄です」
「お兄さんでしたか。それなら二人一緒にどうぞ。そちらの、野中さんと町田さん。お二人はちょっとお待ちください」
二人一緒にと言われたら、その厚意に甘えたい。ナオもその方がいいと考えてくれたのだろう。狭い部屋に入り、不安そうにこちらを見る響と町田を振り返り、与鷹は小さく笑った。
扉が閉められ、六畳ほどの狭い部屋。テーブルを挟んで、ナオと一緒に扉から奥のパイプ椅子に並んで座る。
「すみませんね、こんな味気ないところで。気楽にしてください」
林尾刑事は穏やかに笑い、椅子に座った。ノートパソコンを開き、早々と本題に入った。
「では、今回のことについていくつか確認します。その上でお話を詳しく聞かせてください。まず、今回の件、あなたは誘拐されていないとのことですが、これは事実ですか?」
「はい」
すぐに答える。拳を握ってないと、不安で押しつぶされそうだった。それでも、真っ直ぐに刑事の顔を見る。
彼はこちらを見ながら、キーボード上で指を走らせた。
「ええと……家出をして、美の里大学の天文部部室で生活していたと聞いていますが。これは、我竜輝さんの発案及び双方同意の行為だったということで間違いないですか」
そう聞かれると頷くしかない。事実、その通りである。響の提案だとしても、結局は我竜の独断であり、自分が決めたことだ。
「まぁ、この辺に関してはいろいろと問題があるわけですが、ひとまず置いておきましょう。あなたがなぜ家出をしたのか。その理由を教えてください」
林尾刑事は愛想笑いをしながら言った。人の良さそうな顔なので威圧感はない。しかし、言葉はそう簡単に出てこなかった。
「理由は……その……」
「親と揉めたんです。一方的な攻撃を受けたので、逃げるしかなかったんです」
言葉を拾い上げるのはナオだった。こちらのためらいをかすめ取ってしまう。
自重気味に苦笑を交えるナオだが、林尾刑事は笑みを消し去っていた。身を乗り出し、真剣な目を与鷹に向ける。
「事実ですか?」
「……はい」
息が詰まりそうになったので、大きく頷いた。
すると、刑事の口から盛大なため息が出てくる。
「そうですか。まぁ、ご両親からの通報や捜索願いが出されていないこと、事件を公にしないこと、非協力的な面からおかしいとは思ってました。でも、遅かれ早かれ、調べはつきます。できる限りでいいので話してもらえますか」
与鷹は不安げに兄を見た。ナオもまた眉をひそめて頰を強張らせる。すると、林尾刑事は慌てて笑った。
「ゆっくりでいいですよ。今すぐにとは言いません。あ、その前にご両親を呼びましょうか。ちょっとお待ちください」
そう言って、林尾刑事は部屋の入り口に備え付けられた電話を取る。刑事課の誰かに連絡を取っているようで、しばらく話し込んでいる。
その間、ナオがこっそり耳打ちしてきた。
「どうする? 本当のことを話す?」
「兄ちゃん、あんなに意気込んでたくせに」
「いや、だって、さすがに怖いだろ。親を売る度胸もなくすわ」
冷徹なのに情けないせいで、威厳が完全に失せていた。その度胸のなさには呆れるが、気持ちは同じだ。
「話し合えるなら、ぼくたちだけで解決したいよね」
与鷹は息を吐き出しながら言った。それに同意したのか、ナオは天井を見上げた。
「あーあ」
諦めの声が浮かんだ直後、林尾刑事が椅子に戻ってきた。
「ご両親、すぐに来てくれるそうです。なんだかものすごく慌ててましたよ。バレたくない秘密でもあるんでしょうかね」
おどけるような口調で言うので、与鷹とナオはたまらず吹き出した。笑いごとじゃないのに愉快で仕方ない。もうこれだけで反撃ができた気にさえ思えてくる。
どこからどう話そうか。細心の注意を払いながら、二人はゆっくりと告白した。
***
そんなに長時間話していたようには思わなかったが、どうやら二時間ほど経過していたらしい。
家出の理由、家族の事情を濁しても、林尾刑事の目は厳しい。どんなに柔らかで優しく黙っていても、その目は真実を見極めようとする鋭さがあった。
「……事情は分かりました。すぐにご両親にもお話を伺います。そこで総合的に判断しますが、できるだけご配慮いたします。我竜さんの件についても、
そのいろいろが気になるところだが、最悪な展開は回避できるかもしれない。
与鷹は深く頭を下げた。
「迷惑かけてすみませんでした」
こんなに大きな話になるとは思っていなかった。罪悪感でどうにかなりそうだ。
半ば涙をこらえていると、林尾刑事は同情するでもなく渋面で唸っていた。そして、彼は一枚の名刺を出してきた。与鷹の手のひらを開き、険しい顔つきで言う。
「今後、何かあったら連絡してください」
「はぁ……ありがとうございます」
これを使う日が来ないことを祈りたい。ナオも同じものをもらったが、すぐにポケットに押し込んでいた。
「最後にこれを覚えていてください」
林尾刑事はパソコンを閉じ、改まって姿勢を正して二人を見つめた。
「私たちは日々、事件や事故を未然に防ぐように努めています。でも、ひとの目では限界があります。身を守るには、あなたたちの強い意思が必要です。この番号じゃなくてもいい。相談する窓口は他にもあります。危険を感じたらすぐに助けを呼んでください。よろしくお願いします」
その言葉に、二人はすぐに返事ができなかった。そして、二人同時にゆっくりと頷く。すると、林尾刑事は気を緩めるように笑った。
扉が開く。解放的になり、空気が明るくなったような気がした。
「与鷹! ナオ!」
部屋を出ると、外のベンチに響と町田ではなく、血相を変えた両親がいた。
すぐに母が駆け寄ろうとしたが、それを林尾刑事に止められる。父は顔色が悪く、しかし何も言わなかった。
「今からご両親に話を聞きます。あなたたちは別室で待っててください。お話の次第では、ご自宅に帰れないこともありますが……あなたたちの気持ちを尊重したいと考えてます」
林尾刑事は静かに柔らかく言う。そして、にこりと場にそぐわない笑顔を見せた。
「というわけで、もう少しだけ待っててください」
その言葉に二人は不安げに顔を見合わせたが、促されるままにその場を離れた。母の目が追いかけてくる。その表情に隠された本心はなんなのだろう。とても困っていて、恐怖を浮かべている。そして信じられないとばかりに責めるような、そんな顔を横目に見た。
通されたのは会議室だった。冷たい床に長テーブルが置いてある空間。そこに響と町田、我竜が気まずそうに黙って待っていた。
「あ、お疲れ様ー。なんだか面倒なことに巻き込んでごめんね」
空気を壊そうと、彼は愛想よく「あはは」と笑って片手を上げた。
「先輩!」
与鷹はたまらず駆け寄った。ナオもあとに続く。
「ごめんね、与鷹。ナオも」
「別に、あんたのために来たわけじゃないので。俺のためですよ。ついでにヨダのため」
「あはは。与鷹、君もこれくらいの気概でいないとダメだよ」
ナオの
「響と町田も、黙っててごめん。これ、割と最初から考えてたんだ」
その告白に響は鼻をすすった。一方、町田は眉をひそめて呆れていた。
「まったくもう。マジ大迷惑なんですけど。在学中に前科一犯とか冗談きついっす」
「いや、あの、まだ報道されてないはずなんだけど。それに、疑いは晴れたのに……まぁ、似たようなものか。あはは」
我竜は気が抜けたように弱々しい声で机に手をついた。響は安堵したのか、肩を震わせて忍び笑う。どうやら張り詰めていた空気がようやく解消されたらしい。そして、静かに聞いた。
「こんなやり方しかなかったんですか?」
「うーん……まぁ、思うところはあるよね。みんなには悪いけど、とにかく、きっかけを作りたかったんだ」
少し言葉を濁して返す。そんな彼に、与鷹はこみ上げる感情を投げた。
「先輩、すみませんでした。ごめんなさい」
「なんで君が謝るの。これは僕が勝手にしたことだよ」
そう言われてしまうと、もう何も言えなくなる。
「でも、まぁ、ここからが大勝負だね」
「はぁ……まったく、大きな賭けにでましたよねぇ。あとは警察の判断に任せるしかないかー」
町田がのんびりと言った。怪訝に見ていると、響がゆっくり説明した。
「あたしたちも、別の刑事さんに話をしたんだよ。って言っても、事実確認というか。とにかく、これで全部おしまい」
「そうだね。みんながどんな言い方をしたにせよ、こうして公にすることで君たちは自分の自由を守ったんだ。逃げ道をつくることに成功した」
我竜が言う。その顔はすっきりと清々しい。これに、ナオが渋い横槍を入れた。
「でも、所詮は子どもの言うことだし。信用してくれないかも」
「いいや。あの林尾刑事は君たちの話を真剣に聞いてくれたはずだ。僕も彼とはいい会話ができたしね。それに、僕よりも信用できるよ、あの人は」
その言葉は勝ち誇っており、これにナオは初めて目をしばたたかせた。じっと見てみると、ナオは腹いせに与鷹の頰をつまんだ。
「さて。話がつく前にこれだけは言っとかないとね」
我竜の口が開き、与鷹たちはすぐに笑いを引っ込めた。響も顔を上げる。
「これから与鷹は家に帰る。ご両親がどう話すのか、これからどうなるかは分からないけど、帰ることにはなるだろうね。そこで君に質問をしたい」
またあの家に戻って生活をする。どうなるか想像がつかない。父は気にかけてくれるだろうか。母はどうなるんだろう。
どんな結末が待っていようと、しばらくは家族全員がぎくしゃくしているはずだ。それがいつまで続くか分からない。ずっと続くかもしれない。
「まずは一つ目。家に戻る覚悟があるかどうか」
難問が直撃する。与鷹は不安に顔をうつむけた。
やはり、覚悟はない。不安しか見えない。答えられずにいると、我竜はすぐに質問を変えた。
「じゃあ二つ目。君はご両親を許せる?」
既視感を覚え、思わず顔を上げた。そして、勇気を振り絞って口を開いた。
「今はまだ、無理かもしれない。でも、許したいって思ってる」
「それでいいと思うよ。君の答えだからね」
曖昧な答えなのに、柔らかく肯定してくれる。この優しさが心地よく、そして急激に寂しさを覚えた。これが最後だと思うと心細くて泣きたくなる。
そんな心情を察したのか、我竜は頭をくしゃくしゃになで回した。
「与鷹、もう決められる?」
穏やかに問われる。彼の細めた目に、与鷹は目に力を込めて頷いた。
「決められる。自信はまだそんなにないけど」
言葉にすると顔が熱くなるほど、恥ずかしく思えた。素直な気持ちをぶつければ、誰も冷やかさずにスッキリとした顔で頷いていた。
「それが聞けて良かったよ。あー、安心した」
彼は満足に言い、椅子から立ち上がって大きく背伸びした。固まった体をほぐし、それから思い出したように「あ」と声を天井に投げる。
「今回のことで、一つだけ確認したかったことがあってね」
なんだろう。首をかしげていると、我竜は満面の笑みを見せた。
「僕、取調室が見たかったんだよ。テレビで観るのと同じで感動した。ほら、ミステリードラマみたいな。あれと同じで。いやぁ、興味深いね」
「なにそれ……」
蓋を開けてみれば実にくだらない話だった。響が呆れる。町田もナオもため息をついている。
「先輩、ドラマの観すぎですよ」
すかさず響がたしなめた。彼女の目は
「つーか、部室にテレビないのに、ドラマは観てるんですか」
町田が聞く。すると、我竜はあっけらかんと答えた。
「うん。後輩の家で、風呂を借りるついでに」
「長風呂の原因はそれだったのか……」
町田がくずれるように床へしゃがんだ。まさか、こんなところで解明されるとは思わない。与鷹はじっとりと我竜を見やった。彼はおどけるように笑い、それが憎めないので笑うしかなかった。
そんな和やかな空気の中で、突如、扉にノックがされる。林尾刑事が現れた。
「お待たせしました。有馬さんとのお話が済みましたので、今日のところはお引取りください。本日はご協力ありがとうございました」
事務的に告げられ、扉が大きく開く。
すぐに母の青白い顔がのぞいた。そして、
「みなさん、大変お騒がせしました。申し訳ありませんでした」
父は出し抜けに平謝りし、母は小さく頭を下げた。呆気ない幕引きに、全員が顔を見合わせる。
ピンと張りつめた空気の中で、立ち上がったのは我竜だった。彼は与鷹の肩に手を置き、両親をまっすぐに見つめる。
「こちらこそ、
その声音に謝罪の意はなかった。感情を押し込めるように笑っている。冷水を浴びたかのように打ちのめされる両親の顔を、与鷹は探るように見た。
父がもう一度深く頭を下げる。母は崩れそうに涙を飲んでいる。そして、遠慮がちに与鷹に手を伸ばした。
「帰ろう」
そこに隠されているものはなんだろう。警戒はしていたが、我竜に背中を押されたらすんなりと足が動いた。ナオも動く。
与鷹も一歩踏み出した。
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