灰色世界Ⅰ

1.ぼくたちは  をしらない

「ひ、ま、わ、り? なんだい、それは。聞いたことがないね」

 

 昼休み、いつものように屋上でカケラと一緒にパンを食べていた。

 

「花。花なんだ。とてもおおきくて……まるで、……」

 

 屋上を囲うフェンスの向こうには、えんえんと工場がつらなる。同じような灰色をした空。工場のはてしないつらなりと、どんよりたれこめる空のと境い目はよくわからない。

 

「まるで、……なんだろう。ぼくは、ぼくらは、なにかとても大事なものを忘れている気がする」

 

 ぼくらがもたれているフェンスのうしろにも、ふりむくまでもない同じ色がどこまでも続いているだけだ。灰色の世界。

 だれだって、こんなつまらない景色を見ながら食事をしようなんて思わない。だけどぼくがいつもここへ来るのは、この厚くてうっとうしい雲の向こうに……

 

「どこでそれを見たの。はぁ、さては……」

 カケラが、ぼくをのぞきこんで言う。

「また、れいの、じいちゃんの書庫、だね?」

 

「しっ。それはここでは言っちゃいけない」

 

 工場がもくもくとふきだす煙の間を、すっ、と黒い鳥の影がよぎった。それはすぐにそのまま、煙のなかへ消えていった。

 

「ごめんよ、つい……なあ。でも、今度おれも入らせてくれよな?」

 

「いや、ここのところ、とんと。ぼくだってなかなかうまくは入りこめないんだ。あそこはとにかくおじいちゃんがいないと……」

 

 突如、向かいのフェンスからつきでた工場の煙突から、黒い鳥が現れた。屋上をいちど旋回するとまた、煙のなかへとすがたを消した。

 

「グズモのやつめ」

 

「それより、さっき言ったひまわり。夢で見たんだ」

 

「ゆ、め、で」

 

 言いながら、カケラはパンの最後のひときれを口に入れた。

 

「んだけどもさ、じゃあやっぱり、じっちゃんの『図鑑』とやらで今までに見たことがあるんじゃないのかい」

 

「ううん」

 

 ぼくは首をふって、あたりを見る。

 

「この話のつづきは放課後にしよう。

 とにかく、その花はぼくは知らない。だけどきれいだった……見たこともない光景だった。どこもかしこも一面に咲いて、そしてあの花はどれも同じ方向をむいていた。まぶしそうにしていた」

 

 そしてそうだ。「あの子」も……

 

 ふうん、と言って、よくわからないけどなという表情で、カケラはかたいコンクリの床にねころんだ。

 

 ぼくはパンの最後のひとつぶを食べおえると、立ちあがってフェンスにのりだしてみた。いつもここへ来て、こうする。

 

 この厚くてうっとうしい雲の向こうに、なにか、大事なものがある。そんな気がするからなんだ。

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