第2話SSSランク魔王の怒り

「大変なのだ! 魔王城にはもうほとんどお金が残っていないのだ!!」


 突如として魔王城の謁見の間に呼び出されたので、何事かと思ってみれば、今更そんなことか。


「そんなことは十年も前から言ってたでしょう。このまま何も対策を打たなかったらいつか魔王城は財政破綻するって。それなのに魔王様はめんどくさいだのなんだの言って何も動かないからこんなことになるんですよ」


 俺は欠伸を噛み殺しながら、金色の髪を揺らし、目を見開く見た目年齢10歳のロリ魔王に進言した。


「ぐぬぬ。そんなことを言っても今までは特になにもせずグータラ過ごしててもお金の心配なんかしなくて良かったのだ。それなのになんで急にこんなことになったのだ」


「それも全部魔王様のせいじゃないですか」


「なぬ!? 確かに余は、有事に備えるためには心の休養が必要と銘打って、食べては寝て、食べては寝て、たまに部下と遊ぶという魔王城スローライフを送ってはいたが、何も財政を悪化させるような悪いことはしていないぞ」


「まあ、魔王業務を何一つこなしていないだろっていうツッコミは置いておいて、魔王様、この魔王城における最大の収益源はなんなのか知ってます?」


「ん? 最大の収益源? そんなものは知らん」


 このクソロリ魔王。あっけらかんとした顔で堂々と知らんとかほざきやがった。トップがこんなだから財政破綻もするし部下が苦労するんだよ。


「チッ」


「おい、いま余に舌打ちしなかったか?」


「いえ、気のせいです。で、話を戻しますと、現在はとある理由で違うのですが、かつての魔王城における収益の圧倒的トップを占めていたもの、それは」


「それは?」


「英雄たちを葬った時に落としていく、激レア装備やアイテムの売買による収益です。まあ、平たく言うと追い剥ぎってやつです。それがこの10年、魔王城に攻め込んでくるような英雄がほとんどいなくなってしまったため、その収益がなくなってしまったのです」


「だったら、再び英雄たちが魔王城に来られるようにしたらいいのではないか? なんで奴らは来なくなったのだ?」


 このチビクソロリ魔王め。『なんで奴らは来なくなったのだ?』じゃねぇよ。紛れもなくほぼ99%お前のせいだろうが


「チッチッ」


「おい、今のは完全に聞こえたぞ。確実に余に向かって舌打ちしただろ」


「いえ、違います。今のは舌の運動です。最近魔界の小悪魔たちの間で流行っている小顔体操のひとつです」


「なんだお前小顔を目指してるのか。気持ち悪いな。まあよい。で、なんでだ?」


「気持ち悪い……。まあ、いいでしょう。今のはこちらにも非があったことですし水に流してあげます。で、なんで英雄たちがこなくなったかと言いますと、全ては魔王様のせいです」


「余のせい?」


「そうです。魔王様があまりにも強すぎたのです。この魔王城に侵入し、魔王様の元に辿り着くことが出来る様な真に強い英雄でさえ、魔王様の前ではワンパンです。で、魔王様の一撃で瀕死の英雄たちから我々が身ぐるみを剥いで、英雄を魔王城の外に放り投げる。これが大体いつものパターンです」


「まあ、余はいわゆる『さいきょー』ってやつだからな。大概の敵など基本ワンパンよ。ハハハハ」


 舌ったらずな声で、自分のことを最強と言って豪快に笑う。


 その姿をみると小学生が、手加減してくれた大人にわざと負けてもらって、喜んでいるようにしかみえないのだが、困ったことにこの魔王シルフィ・リリーは紛れもなく歴代最強と呼ばれるほどの武力をその身に宿しており、向かうもの敵なしの言葉を地でいくような魔王なのだ。


 だが、その圧倒的なまでの強さがこの財政難を生んだのだ。


「魔王様の強さは圧倒的です。ですが、圧倒的過ぎたのです。その強さはもはや人間界で知らぬものがいない程になりました。ただ、裏をかえせば、あんなチート野郎に挑戦するだけ時間と労力の無駄と思われているということです」


「なぬ!? なんという腰抜けどもなのだ」


「だから昔言ったでしょう。たまには赤子と遊ぶくらいの超手加減をしないと、そのうち誰も魔王討伐なんか目指さなくなるって」


「ぬ、一応手加減はしたぞ。下手に本気を出し過ぎるとこの城が壊れてしまうし」


「全然足りません」


「いや、だって」


「だってもかってもありません。事実、現在魔王城にはお金がないでしょう。これも全部魔王様が後先考えずに英雄を葬ってきたせいです」


「ぬぅ」


 俺の言葉に悔しそうに唸る姿を見て、嗜虐心を擽られ、普段このチビロリ魔王から受けているストレスを発散しなければいけないという謎の使命感に襲われる。


「そもそも魔王様は筋肉バカすぎるんですよ。知略、政略っていうものをなんにも考えてないでしょう。そもそも魔王様の知力のステータスいくつですか? 下手したらスライムよりも低いんじゃないですか? いくら強くても今のこの厳しい時代それじゃやっていけませんよ。さらに言えば……」


「うるさい」


 俺が饒舌に流暢に流麗に言葉を紡いでいると小声で何か呟いた。


「ん? 何か言いました?」


「…るさいと言ったのだ」


「え? なんですって」


「だからうるさいと言ったのだ!! ええい、そこまで言うのならお前がこの魔王城をたて直すのだ!! これは魔王命令なのだ!!! もし断ったらそれこそ本気でお前のことを消し炭にして、魔界のスライムのエサにするのだぁぁぁあああーーーー!!!」


「ええ!?」


「『ええ!?』じゃない。返事はイエッサー以外は受け付けないのだ!!! それとも今ここで消し炭になりたいのか? ならば望み通りにしてやるのだ」


 そう言うとチビロリ魔王はちっちゃい右手を俺に向け轟轟とした憤怒の怒りに燃え滾る魔力をその手に込め始めた。


―――あれはヤバい


 瞬時に悟った俺は早口に


「イエッサー! イエッサー!! イエッサーァァあああ!!!!!」


 全力で声を張り上げた。


 そして訪れる、瞬間の静寂。


 俺は祈るようにチビロリ魔王の右手を見つめる。


 すると、チビロリ魔王はその口角をゆっくりと吊り上げ


「わかればよいのだ。ではトウマ、必ずこの魔王城の財政を健全なものにするのだぞ。よいな?」


 そう述べると、右手を下ろした。


 そして俺はこのチビロリクソ魔王に小声で「イエッサー」と返した後、これから始まる面倒を予想して思いっきり舌打ちをした。


「おい、今舌打ち……」


「いえ、気のせいです。今のはこれから頑張るぞーっと言おうとしたらうまく口が回らず舌打ちのような音を出してしまっただけです」


「そうか。ならよい。とにかくなんとしてもこの財政危機を乗り越えるのだ良いな」


「イエッサー!」


 そう、いつだってアホな上司の尻ぬぐいをすることになるのは部下なのだ。それは俺が日本で社畜をやっていた時となんら変わらない。


 とりあえず今日は魔界のBARで同僚の幹部と朝まで愚痴りながら飲み明かそうと思う。

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