異世界主人公がしょうゆを取るまでめっちゃ時間かかる

ちびまるフォイ

転生してきた主人公

「ふぅ、醤油でも取るかな」


おそらく人間として生きている場合に

一生使うことがないであろう謎の独り言をつぶやくと

主人公は食卓においてある醤油に手を伸ばした。


「……!」


しかし何かを感じ取ったのかその手を止める。


「本当にこれは醤油なのか……?

 王族のあれやこれやの権力闘争とかで

 毒を仕込んでいるかもしれない」


裏切りと騙し合いが絡み合う異世界という環境に

現実世界へ戻るという意思もなくモラトリアムし続けた結果

自分が悪いやつに狙われているという考えを持ち疑り深くなった。


「ステータス、オープン!」


主人公が食卓に手をかざすとステータスパネルが表示された。


「大豆成分80%……性質は水分。

 現実世界でのしょうゆに近い、か。

 間違いない。これはしょうゆだ」


当たり前の現実をただ再確認するかのような行為。

異世界ではこういう無意味なステータスチェックが欠かせない。


「よし、ここはこれを使うか。チート解放!!」


今度は食卓に向けてチートを使うと、

卓上にはしょうゆに合う豆腐や納豆、お寿司が並んだ。食べたい。


「主人公さま、これはいったい!?」


どこからか湧いて出てきたヒロインが頬を染めながら訴える。


「これは俺の国にある料理さ(ドヤァ」


「私達は見たことない料理です!!」


「これらはすべてしょうゆに合うんだぜ(ドドドドドヤァ」


「そんなことを知ってるなんて、主人公さますごいです!」

「それを取り出せる主人公さまの力はすごいです!」

「私たち、いいえ、この世界の誰にもあなたには叶いません!!」


ヒロインたちが褒めると主人公はふんぞり返って褒め言葉を噛みしめる。

彼はきっと現実ではキャバクラとかにハマるタイプなのだろう。


「さて、それじゃみんなにもこのしょうゆをかけてあげよう」


「それをみんなに分け与える優しさがすごいです!」


しょうゆに手を伸ばしたとき、食卓を挟んだ向こう側に敵の女が現れた。


「フフ、そうはさせないわ! あなたにしょうゆは取らせない!」


「お前は!?」


「私は調味料四天王のひとり。覚えているかしら?

 最初の街であなたが倒した男のことを。あいつは私の父親。

 自分の非力さに打ちひしがれた私は、あなたがしょうゆを取ると聞きつけて

 今日まで必死に自分を磨いてきたのよ」


「そうか……」


「あなたにしょうゆは取らせない。

 たとえ実力で勝てなかったとしても、

 あなたにだけはしょっぱい思いをさせてやる!!」


「それが……お前の気持ちか?」


「えっ?」


主人公はなにかを悟ったようにゆっくりと喋り始めた。


「お前は本当にしょうゆをかけたいのか?

 単に、今までしょうゆをかけて食べていたから

 当たり前にしょうゆをかけているんじゃないのか?」


「な、何言ってるのよ……!?」


「すでに味がついているかもしれない。

 そう考えたことはないのか。しょうゆをかけるのがお前の正義なのか!?」


「うるさいうるさい! 知ったようなことを言わないで!

 私はしょうゆをかけるって決めたの!!」


敵は強引にしょうゆをかけようと卓上の容器を手にとった。


その手首を主人公が掴んだ。



「後ろの穴を抑えてない!!」



敵は年相応の女の子の顔となり泣きじゃくり始めた。


「ごめんなさい……わたし……わたし……」


「もう少しでしょうゆが滝のように流れるところだった。

 そんなに食品もお前もダメにすることなんてない」


「どうして……あなたは部外者じゃない!!

 どうしてそこまで私を助けてくれるの!?

 しょうゆなんて……好きにかけさせればいいじゃない!!」


「俺も君と同じでしょうゆが好きなんだ!!」


「キュンッ……!!」


敵は顔をしょうゆの容器の蓋よりも赤く染める。


「ば、ばっかじゃないの……好きだなんて……っ」


「もう自暴自棄にしょうゆをかけたりしないか?」


「ふん。あなたに免じてもうしょうゆは減塩タイプを使うことにするわ。

 あなたに諭されて本当に自分のかけたいしょうゆの適量がわかったもの」


「わかってくれたか……!」


主人公は敵にしょうゆ説教をして改心させた。

これはチートではなく、主人公持ち前の会話術なのだろう。


「それじゃ、しょうゆを取ってくれるか?」


「はい。勝手にすればいいわ」


敵はしょうゆを掴むと主人公の前へ。

主人公はついにしょうゆへと手を伸ばした。


そして――



シュン!!




「き、消えた!?」


今まで主人公の目の前にあったしょうゆが消えてしまった。

いくら探してももうしょうゆが戻ってくることはなかった。




「すまんのぅ。実は間違って転生させてしまったようじゃ。

 お詫びに君にチートを与えて異世界に転生させてあげよう」


神様の間には、1個の転生されてきたしょうゆが置かれていた。

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