親とガン

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2019/07(始まりの月)

 記録として記しているため、内容がどうこうというものはありません。



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2019/07/23

 22日ごろから、熱中症の様な症状をだし、意識がもうろうとしていると本人が言っていた。


 また、25日に内視鏡検査に行くことが決まっていたため、その日は自宅にいる事になり、ただ、夜遅くに空いていた店舗で経口補水液を買ってきては飲んでもらった。


 本人は、とても美味しいと言っていたため、水分が足りなかったのかな?という認識になっていた。



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2019/07/24

 父親の仕事は休みを取ってもらう。

 また、同じ様に経口補水液が欲しいという事だったので、会社からの帰宅時に買って帰る。



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2019/07/25

 症状の改善が見られないため、会社を休んで母親と共に病院へ連れ出すことにする。 

 自力で歩けないまでになっており、車いすを借りての診察となった。


 受付を済ませ症状を告げると、すぐに治療室へと搬送された。

 本人は自覚症状がハッキリはしていたが、どこか朦朧という雰囲気でもあった。


 担当医は、本人がいる前では、とりあえず内視鏡検査があるためと、本人も入院して検査を受けたいという話を切り出し、その切り出しに担当医も入院を勧めてきた。


 また、貧血の症状でてるから輸血するとの事であり、病室へ移動後、輸血と止血剤の点滴が処置される。



 父親から離れた際、担当医から今の検査結果より、重度の貧血(一般成人以下のヘモグロビンしかない、たしか3との事だった)が発生しており”失血死”しかけているという事を告げられた。


 とにかく、血液センターから血液をもってきては輸血するという話になり、書類に署名が必要との事で、署名を行う。


 あとは絶対安静という事で、そのまま入院という形に進んでいった。



 他には、本人が調子が悪いという事でCT(MRI?)を撮ったとき、胃壁が異様に厚くなっているという事もこの時聞かされ、この状態になるのは「よろしくない物」が出来ている可能性があるという話でもあった。


 まだ、何とも言えないが、明日には内視鏡検査の予約が入っているので行う、との事で、いまのところは可能性があるという話で止まった。。


 当初は短期入院という認識であり、大部屋での入院生活が始まる




 自分と母親は入院時の説明を受ける。


 高額医療の説明を受け、市役所へ手続きへ向かう事を推奨される。


 推奨されるがまま、市役所に行き、高額医療手続きを行うが、平成30年と令和元年という事で、二種類出される。


 どうやら、8月1日から切替わる為に、平成30年は7月31日までの分、8月1日は令和の分という恰好になる模様である。


 正直に言って、役所関連の和暦による記録は、今の時代にそぐわないじゃなかろうかとおもう。


 また、入院に対しても署名が必要であるが、保証人が生活会計が同じで同居している者はダメとの事で、急遽、同市内にいる兄弟に連絡を取り、署名してもらう様に連絡をつける。



 自分は、会社へ明日も休暇の連絡をつける。




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2019/7/26(金)

 大部屋から個室へ移動する事になる。


 本人も、検査の時は待っているしかできないので、母親と共に自宅で待機し、終わったころに向かう恰好にする。


 内視鏡検査の結果をまたされる。


 検査まちの間、父親の職場関係に連絡をいれて事情を説明をしては、父親が職場で借りている業務用品関連をどうするか決めていく。


 定年退職後のパートタイムの為、また、今後どうなるか分からないので退職という形で手続きを進めておく。


 午後から、検査の結果報告がある。


 本人がいる前では、胃が異様に荒れており、出血が酷い状況が変わっていない。そのため、輸血と止血剤は続けるという形になった。



 その後、話を聞くと、胃壁を超えている部分があり、腹膜にまで達している可能性が高い。こうなると転移していることも考慮しなければならない。とも伝えられ、手術する事は出来ないと告げられた。


 組織検査に出すので、最終的な結果は今の段階ではハッキリと言われない。


 そのため、病名は言われず、その存在名も言われなかったが、ほぼアレ(癌)だという風な話でもあった。


 この日、看護師から簡易的なカンファレンスを開きたいという話が出される。


 看護師から、"胃がん"のため急変する恐れがあるから、今後の事の取り決めをしたい。と伝えられる。



 この時、担当医からは症名等は検査結果が出ないからハッキリと断言はできない風な言いまわし方をされた(責任問題上の為、理解はできるし納得もできる)のに対し、看護師からはバッサリと聞かされた事に驚いたが、覚悟はしていたので、ああ、やっぱりそうかと。



 ただ、ハッキリさせることには、個人的に悪いとは言わないが、一緒に聞いていた母親が見るからに落ち込んでいったのを見ると・・・もう少し、何とかならなかったのかと思えた。



 カンファレンスの話が出たので、兄弟に連絡をし、一度、話をする事を告げる。

 その日の夜に一度帰るという話になり、夜の最終に付くため駅まで迎えに行く。




 本人の意識は、一応しっかりしているので、高額医療の書類を渡しておく。

 医療事務の人が来たら渡しておくとの事で話はつけておく。 


 ここで下手にこちらが動くと、本人がネガティブになる恐れがあるのかと思えた。




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2019/7/27(土)

 輸血量が400mlの2パックが終わり、見た目からして顔色が変わる。

 前日までの覇気すらない、表情が一変しすぎていたため驚きすら感じた。


 が、いまだ一般人の数値に届いてない(本人に聞いた話では9)ので、まだ輸血は続ける形となった。


 携帯の充電器が必要との事で家から持参する。

 また、父親の職場道具を返却を済ませる。

 あわせて父親宛のお中元の品々を対応していく。



 この日、外の食事処で家族が集まっての話をし、方針を決める。


 ・救命は行ってもらう

 ・ただ、延命は不要


 この二点が決まった。

 延命に関しては、祖父の時に行った際に、手続きなどの問題点がわかっていたため、自発呼吸が行えない状況になった場合は、延命する必要は無いだろうという事になり、その必要性は辞めておこうという話でまとまった。


 この延命不要は、意外と母親からだった。

 なぜそうなったのかの説明を効けば、母親の親や姉妹の話を聞かされ、その時の対応が何ともいえないエピソードが続いていたため、その点に関しては、母親は割り切っていた。



 また、兄弟の代表として自分がそのカンファレンスに出席する事になった。




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2019/7/28

 兄弟が戻るという事で駅まで送迎。

 父親の見舞いも兼ねる


 この時は、血色もよくなっており、普通に会話もできているが、どことなく覇気がないのは変わりなかった。


 話す言葉も、どこか力が無いとでもいった感じだろうか。



 この日は、NTTに電話をして、実家の電話を住所の場所へ移転する手続きを行う。

 実家に住んでいた祖父母は、去年に祖父が、今年の春先に祖母が亡くなっており、誰も住んでいない状況になっていたため、光電話の子番号にする方法があるため、その方法にする様に連絡を入れる。


 住所の固定電話番号は、旧実家から持ってきたもの(二世帯だったため、番号が二つもっていた)のため、移動は可能のはずであるが、世帯主ではないために、代理人としての証明書が必要との事で、書類を送ってもらう形になった。


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2017/07/29(月)

 この日から、母親はタクシーを使っての日赤へ移動をすることになる。

 また、会社帰りに見舞いと自分が迎えに行く恰好になる。


 今日はようやく身体を動かすところまで回復した模様。

 本人も、意識がハッキリしており、病室据え置きのTVを見ていたりする。





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2019/07/30(火)

 カンファレンスがあるとの事で、会社を休む。


 カンファレンスで、先日家族内で取り決めた方針を伝える事になり、延命処置は無しという事になった。

 また、この時に看護師の方から、病名(胃がん)をハッキリ聞かされた事も言っておくと、看護師の方から?という言う風な反応だった。



 ここら辺の情報今日レベルが、ハッキリしていない感じといったとこだった。



 カンファレンスの際、内視鏡などの検査報告をいただけるなら頂きたいという事を伝え、後日連絡するとの事になった。



 父親は様態が安定しているため、大部屋に移動する事に。

 見舞いにいくと、今年亡くなった祖母の香典返し回りを頼まれる。



 夕刻、田舎の山間部にいる祖母の親族に香典返しに行った際、脱輪する。

 やはり大型車で狭い用水路の側溝付近で転回を行うのは無謀だったのか、それよりも、なぜかその場で転回しなければという感覚になったのは不思議な話である。


 まっすぐに走り抜ければ、走り抜けられた道幅はあったにも関わらずにだ。



 それは置いておくとして、見事に対角脱輪(右前が沈み、左後ろが空中に浮き、デフブロックとフレームで車体を支えるレベルの対角タイヤが接地しない状況)してしまい、また、フロントのサスペンション部のアームが側溝の淵べりみごとに引っかかり、デフロックを駆使しても引っかかったアームが邪魔をしてスライド移動するだけという結末に・・・結局JAFに依頼する恰好になる。



 ただ、このJAFを待っている時間が発生したおかげか、ほとんど出会う事すら叶わなくなった親戚筋に偶然にも直接出会うことになり、亡くなった祖母の挨拶が全て終わらせる事が出来た。



 そういう"何かしらの事"が起きるのかと、不思議な物だと思った。


 JAFのトラックに後方から斜めに引っ張り上げてもらうとすんなり脱出。

 所要時間10分もかからずあっけなく終わる。


 同乗していた母親が念のためにと不安がっていたので、その帰りの脚でT社ディーラーに持っていく。


 走行チェック、下回り目視でも、下回り用に処理していたさび止め塗装が剥げた程度で、デフとアームとフレームはノーダメージとの事。


 LC70の面目躍如といった処か?



 JAFは会員の為に無料。

 またT社もこれぐらいはサービスですという事で無料だった。

 T社ディーラーの対応は好感が持てたので、次回の車検も任せようと思う。



 この脱輪騒ぎは、何かしらが絡んだのではないかとさえ思えた。




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2019/7/31

 前日の事(脱輪事件)を笑い話にしていた。

 話のタネにしてもらえ、笑い話になっているのなら、幸いだと思う。


 元気になっていくのは幸いだが、この日に主治医から今後の話を聞かされる。

 この時、母親は



 やはり、内容としては悪い話であった。


 組織検査の結果はまだ出ていないが、あそこまで胃が酷い状況では、ほぼ確定している。


 とにかく胃の出血が収まり、貧血状態から回復しない限り治療が行えない。


 腫瘍は胃壁の外にまで進み腹膜まで到達している、そのため、切開して切除という手術は不可能、化学療法での治療しかできないとの事。


 化学療法は、チーム治療という方針で進める。


 本人には、そこまで言っておらず、本当のことを言って鬱になってしまうので・・・という事で、詳しくは伝えていないとの事。



 詳しく伝えていない事、正直それは正解だったと思う。


 父親は、ネガティブな事がおきると、鬱になる傾向がある。

 それは家族全員が知っている事であるために、その点に関して意見はない。


 この内容を父親以外の家族に対してメールして連絡もいれておく。



 悪い方へ、悪い方へと内容が進んでいくことに、何とも言えなくなる。。。


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