第55話 七色の虹

 ユリサによって下された命令に、聖竜は緩慢に頭を動かし俺達がいる場所を見下ろした。


「クレア!やばいぞ!聖竜がこっちに来る!


 イバトの血相をかいた大声が俺の背中から聞こえた。ユリサから笛を奪い聖竜を大人しくさせる。


 これしか勝機は。否。手立ては無かった。

俺は両手で剣を握る。時間は無かった。一撃で全てを決める。


「ユリサ!笛は渡して貰う!!」


 俺が猛然と迫る中、ユリサは笑みを浮かべた表情を変えなかった。それは一瞬だった。

俺の剣はユリサに届かなった。


 俺の剣をかわしたユリサは、右の正拳突きを俺の左肩に叩き込んだ。鎧と共に、骨が砕ける音が俺に聞こえた。


「肩の骨を砕いたわ。もう冒険者の仕事も廃業ね。エリクさん」


 倒れた俺をユリサは笑いながら見下ろしていた。おれは苦痛に顔を歪ませながら口を開く。


「······ユリサ。お前達騎士団は地底人について何処まで調べたんだ?」


「······?何を言っているのエリクさん」


「俺も今初めて知った。奴等は壁を伝い移動出来るようだな」


 俺の言葉を聞いた瞬間、ユリサは後ろを振り返った。ユリサの頭上の壁に張り付くように立つ人影があった。それは、コルカに失神させられていた筈の地底人だった。


「死ねえぇっ!!小娘!!」


 フードがめくれ、白い顔を露出した地底人が凄まじい叫び声を上げ長剣をユリサに振り下ろした。


 地底人の剣はユリサの左腕を切り裂いた。その代償に、地底人は顎をユリサの右拳によって砕かれる。


 脳を揺さぶられた影響か、地底人は意識を失い頭から地面に落ちた。その際、運悪く首の骨を折り息絶えた。


「······え?」


 切断されかけた左腕を右手で押さえていたユリサが不可解な言葉を発した。ユリサは顔を下に向ける仕草を見せた。


 ユリサは自分の腹部を貫いた俺の剣先を目撃したのだろう。俺は半身を起こし、右手に握った剣をユリサの無防備な背中に突き刺していた。


「······こんな所で」


 ユリサは苦しそうにその言葉を吐き、倒れた。俺の聴覚に獣の咆哮が飛び込んで来た。聖竜がユリサの最後の命令を忠実に実行する為に、クレアに向けて大きな口を開いた。


「逃げろ!クレア!!」


 俺は赤毛の少女に叫んだが、クレアは石像の前から動こうとはしなかった。


「······で、出来たわネテスのおじいさん!!この魔力をどうするの!?」


「上じゃ!真上に向かって解放するんじゃい

!!」


「クレア!聖竜がもう目の前に!!」


「これが、私の最初の武勇伝よ!!」


 イバト、ネテス老人、クレア。三人の絶叫が交錯した時、聖竜と天界人の石像が何色もの光に包まれる。


 光は瞬く間に垂直に伸びて行く。クレア達の間近に迫っていた聖竜はその光を全身に浴びた。


 聖竜は狂ったように身体を暴れさせる。七色の光の筋は、天高く昇って行った。聖竜は力尽きたように石像の前に落下して来た。


 コルカが聖竜に駆け寄る。ザンカルは倒れていたゴーレムに止めを刺した所だった。俺は仰向けに倒れていたユリサに近づいた。


「······エリクさん。あの七色の光は何かしら

?聖竜の動きも止まったようね」


 ユリサの呼吸は細く途切れそうだった。誰の目にも、死に瀕した者の姿だった。


「······ネテス老人が言っていただろう。あの光は地上と天界を結ぶ橋だ。聖竜も光を浴び暴走を止めた」


 俺の説明にユリサは口から血を吐き激しくむせた。


「······エリクさん。私のやり方は間違っていないわ。この狂った世界を正すには、一度全てを根絶やしにしなくては駄目なのよ」


 ユリサは視力を失いつつあるのか、その焦点は定まっていなかった。


「······そうかもしれないな。だが、それを決めるのは個人であってはならない。人は決して、神のように振る舞う事は許されないんだ


「······ふふ。エリクさん。貴方は本当に最後まで冷静な人ね。これで······」


 ユリサの言葉は途切れそうになる。


「······これで最後にしたかったの。私のような戦災孤児は最後に······」


 それが、世界の破滅を目論んだ女の最期の言葉となった。


「······あれ何?空から何かが降りてくるよ」


 イバトの声に、俺は右手で左肩を押さえながら頭上を見上げた。その影は、空に伸びた七色の光に沿うように地上に向かって来た。


 視認出来た人影は、背中に羽のような物を生やしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る