第43話 少女の居場所
クロシードの着ている黒いコートの裾が焦げていた。後ろに立つモナコの水色の長衣は粉雪に塗れ、ホケットの茶色い髪の一部から煙が立ち昇っていた。
この三人は俺達の後を追って、必死に一階の生首の群れを突破して来たのだろう。
「ふはは!私の強力無比な呪文のお陰で命拾いしたな!!お前達!この巨大な貸しを決して忘れるなよ!」
クロシードは厚かましく恩着せがましい事を言って来た。モナコの神託通りに行動しれいるらしいが、こいつ等は何の目的でこんな地下まで付いて来たんだ?
「モナコ!今一度確認して置くぞ!この塔の最上階に莫大な幸運があるのだな!?」
クロシードが詰問するように水色の髪の少女に怒鳴る。
「はいぃぃ!クロシード様!この塔の最上階に到達すれば、クロシード様に巨大な幸運がもたらされます!」
モナコが演技かかった身振り手振りでクロシードの質問に答える。こいつ等の寸劇は取り敢えず無視して、俺はクレアの元へ歩いて行く。
魔力をかなり使用したせいか、クレアは激しく息を切らせていた。
「よくやったなクレア。見事な魔法だったぞ
」
俺の称賛の言葉に、魔族の表情が明るい物に一変する。
「ま、まあね。私が本気を出せば、こ、こんな物よ!」
クレアはそれは嬉しそうに鼻高々と言った様子だ。
「何故だクレア?何故魔力が調整出来ないと偽った?」
俺の質問に、赤毛の少女の笑顔は凍りついた。クレアは俺から目を逸らし顔を俯けた。
「······クレア。これは俺の想像だが、お前は周囲から注目を集めたくて魔力の暴走を装っていたのか?」
クレアの表情は更に険しくなって行った。俺の仮定の質問はあながち見当違いでも無さそうだった。
「住んでいた村の家々を燃やしたのも、注目されようとした。だが屋根の火の手の早さを見誤り失敗したんじゃ無いのか?」
俺の続く質問に、クレアは完全に虚ろな表情になって来た。すると、俺の横にイバトが駆けつけてきた。
「何でだよクレア?何でそこまで他人から注目されたいんだよ?」
イバトの言葉に反応したクレアは、両眼に涙を溜めて口を開いた。
「そうよ!私は注目されたかったの!だからその為に何でもやったわ!魔力が調整出来ないふりも!空気を読めない発言をする性格のふりも!全部注目される為よ!何か文句でもあるの!?」
クレアは堰を切ったように喋り始めた。
「それもこれも!自分の居場所を作る為よ!私は居場所が欲しいの!いつなれるか分からない魔王なんて待てないの!私は今直ぐ居場所が欲しいのよ!!」
クレアは両目から涙を流しながら胸の内に溜めた物を吐き出した。俺は肩を小さくし泣く少女に五年前の自分を重ねた。
あの時の俺は自分の居場所を自ら捨てた。
居場所を無くしてからの俺は、文字通り根無し草のような存在だった。
俺は膝を折り目線をクレアに合わせた。
「······クレア。居場所を作るのは確かに難しいかもしれない。けどな。居場所って物は無理やり作る物をでもないし、出来る物でもないんだ」
俺は少女に語りかけた。たが、無意識の内に俺は俺自身に呟いていたのかもしれない。
「なあクレア。日はまだ浅いが、俺とイバトとお前。三人でパーティーを組んだ。その日々はお前にとってどんな物だった?」
赤毛の少女は、俺の言葉をゆっくりと考えるように時間を置いた。
「·····悪くは無かったわ。エリクのおじさんは小言は多いけど面倒見が良かったし。イバトは馬鹿だけど明るいから一緒にいると沈んだ気持ちにならないから」
クレアの返答に、俺とイバトは一瞬目を合わせ互いに苦笑した。
「俺もだクレア。お前達と一緒にいて、まあ苛立つ事は多々あるが、賑やかで騒々しい日々は嫌いじゃなかった」
俺は更に言葉を続ける。クレアの涙をはいつの間にか止まっていた。
「クレア。俺達は問題は多く抱えていたが取り敢えずパーティーとして一緒に行動していた。それは一つの居場所と言っていいんじゃないか?」
「······一つの······居場所?」
「そうだクレア。俺達はいずれパーティーを解散する。でもな。またお前は別の居場所を作る事が出来るぞ。要は考え方。気持ちの持ちようだ。居場所なんて物は、幾らでも作る事が出来るんだ」
俺の言葉に、クレアは苦しそうな表情で首を横に振る。
「······でも。でも駄目だったの!村でも私は居場所が出来なかった!こんな私がどうやって居場所を作れるの!?」
「自分を偽るな」
「······え?」
「性格や実力を偽るな。そのままの素の自分で人と接しろ。クレア。世界は広い。素のお前でも受け入れてくれる相手は必ずいる」
クレアは俺の話を聞き放心したような表情でイバトを見た。イバトは照れ臭そうに指で鼻を触る。
「クレア。俺はお前の事嫌いじゃないぜ。きっとその居場所ってヤツも作れるよ」
「······イバト」
少女は再び俯き涙を流した。俺はクレアとイバトを交互に見た。少年少女の不器用さと純真さに、俺は憧れにも近い感情を抱いていた。
それは、俺が永遠に失った物だった。
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