第30話 古い痛み

「······ユリサ。一応確認して置く。一連の話を総合すると、俺の役目はもう終わったと考えてもいいな?」


 俺は探るようにユリサに質問をする。俺は一刻も早くこの話から手を引きたかった。


「はい。エリクさん。今回は大昔の伝説話です。例えば貴方が外部に話を漏らしても信じて貰えないでしょう。上層部も貴方達の暗殺は考えていません」


 ユリサの返答に俺は完全には安心はしていなかったが、関わりを断つ光明が見えた気がして来た。


 俺達は今回の話を全て忘れ他言しない。それがユリサの出した条件だった。俺に不満は無かった。それどころか歓迎すべき条件だった。


 たったそれだけの事でこの件から逃れられるのなら。


「何言ってんのエリクのおっさん。こんな機会、もう二度と無いよ?」


 イバトが開かなくてもいい口を開けた。この単細胞馬鹿は真顔だった。


「聖竜から世界の破滅を救う。聖竜を悪者から救う。どっちにしても絶対に有名になれるじゃん!」


 ついさっき地底人一族に殺されかけた奴が何を言っているのか。俺は呆れるのを通り越して怒りが湧いてきた。


「確かに。あの竜を放って置くのは可哀想だわ」


 クレア迄もイバトに便乗して来た。俺は怒りを我慢し、冒険者の先輩として一度だけ忠告する事にした。


「イバト。クレア。自分の技量を知れ。そして手に負える仕事かどうかよく考えろ。そうしなければ、命を落とすぞ」


 だが、イバトは俺が永遠に取り戻せない真っ直ぐな瞳で俺を見る。


「俺はやるよ!エリクのおっさん!有名になって、村の奴等を見返してやるんだ!」


「わ、私だって!魔王になって居場所を作るんだから!!」


 子供達の邪気の無い野望に、俺は冷ややかな視線を送る。


「なら二人共勝手にしろ。俺達のパーティーはここで解散だ。俺への借金は帳消しにしてやる。じゃあな」


 俺はイバトとクレアに決別を宣言し、洞窟を出る為に振り返った。


「エリクさん。貴方の素性を調べていく内に

、貴方の妻子の事を知りました。今の奥さんとお子さんの事をお話しましょうか?」


 ユリサの言葉は、俺の胸の奥底に眠っていた古い痛みを揺り起こした。


「ええ!?エリクのおっさん結婚してたの!

?」


「こ、子供!?エリクのおじさん子供がいるの!?」


 子供達の合唱が俺の耳を通過して行く。俺が今まで滞在した街の冒険者職業安定所での仕事の履歴を辿って行けば、俺の出身地まで調べる事は不可能では無い。


 何しろ冒職安では出身地、以前に滞在した場所を申告しなくてはならない。それらを偽り発覚した場合は、冒険者としての登録資格を永遠に失う。


 ユリサはその調査過程で俺の身辺調査も行ったのだろう。


「······もう妻子では無い。五年前に妻とは別れた。今どうしているか聞く必要は無い」


 俺は押し殺した声で返答する。そして今度こそ洞窟を出ようとした。だが、運命は俺をあざ笑うかの如く次の舞台を用意していた。


「そこの白髪混じりの冒険者。その洞窟内にいるのは聖竜で相違無いな?」


 洞窟の出口で俺に声をかけてきたのは、完全武装の騎士達だった。その甲冑の紋章から

、この国の騎士団と分かった。


 ユリサの言っていた裏の部隊か!?すると

、後ろからユリサが駆け出して来た。


「ユリサ!何を悠長に遊んでおるか!聖竜の捕獲はどうなっている!?」


 十人程いる騎士の中から、隊長と思われる男が前に進み出た。


「······レメル隊長!私は聖竜を兵器として利用する事には反対です!あの生物は、余りに不確定要素が多すぎます!」


 ユリサは自分の部隊長に大声で宣言した。

ユリサの後からイバト、クレア、コルカもやって来た。


「······ユリサ。お前個人の意見など聞いていない。お前の発言は国家に対する反逆行為だぞ。そう取っていいのだな?」


 レメル隊長が腰の剣を抜いた。他の騎士達も一斉に抜刀する。あと一歩でこの危険な話から抜け出す事が出来る筈だった。


 俺は目の前の光景に、自分の不運を呪っていた。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る