八月上旬 その一

 病院の個室で、濃子はベッドの側の椅子に腰かけていた。濃子の怪我は全て軽傷で、後は飲み薬を少量、服用するだけでいい。

「瑠瀬…。期間中だけど、中止になったよ」

 ベッドに横たわる瑠瀬に語り掛けた。命に別状はない。源治の応急処置と、平祁がすぐに助けを呼んだことが功を奏したのだ。そのどちらかが欠けていたら、帰らぬ人となっていただろう。栃木県内の病院に移されたが、もっともまだ意識は回復しておらず、ただずっと目が覚めるのを待っている…。

「テレビは連日、被害者のことを報道してるよ。助かった人も多いけど、戻って来られなかった人も大勢…。世界中が日本への支援を約束してくれてるし、もうやって来てる国もある」

 病室のテレビの電源を入れた。現地で報道をするレポーターが、瓦礫の山を後ろに捜索活動を続ける自衛隊の姿を映している。

「あの時使われたのが何だったのかが、次の日にはわかった」

 新聞紙に書かれていた。爆弾と猛毒ガスの両方が使われた。スマートフォンやタブレット端末をはじめとする電子機器にこれらを組み込み、遠隔操作で起動させる。その場で自爆したテロリストもいた。

「テロ組織は国際的に有名で、アメリカを筆頭に国連の各国が撲滅行動を行うって…」

 メディアを通して知ることのできたことを伝えたには伝えた。瑠瀬はまだ、意識が戻っていない。だから返事も来ない。

「ねえ、私たちはこれからどうすればいいの?」

 濃子が病室内で振り返って言った。でもその言葉が向けられるはずの人たちは、そこには立っていない。

 平祁も源治も救急車に乗った後、見かけることがなかった。もちろん濃子は、救助隊の人に二人の行方を尋ねた。どこの病院にも搬送されていないようなので、無事だと最初は思った。しかしある一人の証言が、忘れられない。

「それっぽい二人を夢の島公園で見かけたよ。いきなりしゃがんだから、ここにも毒ガスが蔓延してると思って俺は周囲を見回したんだ。この時一瞬だけ目を離したんだけど…。顔を戻したら、そこには誰もいなかった」

 その人は他の場所に向かったんじゃないかと言っていた。でもそうではないことは、濃子が一番良くわかっていた。


 平祁は、濃子がテロで死ななかったために、未来ごと存在が消えた。

 源治は、濃子が後遺症を負わなかったため、未来ごと存在が消えた。


「私のせいで、ごめんなさい…」

 二つあったはずの未来は、濃子の勝手な行動のおかげで、消えてしまった。どちらか片方だけなら、残すことができたかもしれないのに…。


 お昼になると濃子は、病院内の食堂に行く。現状ではどんなに美味しい物であっても喉を通りにくいが、内服薬のために何かしらでお腹を満たさなければいけないからだ。

 食べられそうな物を注文し、席に着く。そして本当にゆっくりと、箸を動かす。そして噛んでいるが、考え事のせいで顎の動きがたびたび止まる。

 自分がテロで死のうとしなければ、良かったんじゃないだろうか?

 思えば、二人から聞いた未来で濃子は、テロに巻き込まれたと述べられていた。でも実際に自分がとった行動は違う。意図的にそこで死のうとしていた。ワザと被害に遭おうとしていた。

 それが、二人の未来を潰した一番の原因と濃子は考えている。予期せぬテロで負傷したり、命を落としたりするのと、予め知り得た事象で自分から死に行くのでは意味が全く異なる。

 そんなことを考えていると、お椀が冷たくなる。無理矢理口に入れて飲み込むと、食後の薬を飲んだ。

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