五月下旬 その四

 濃子はまだ言いたいことがあるようだが、耐え切れずに瑠瀬が叫んだ。

「そ、そ、そ、そんなはず、ない!」

 驚いた濃子が一旦口を閉じ、再び開く。

「な、何で?」

 瑠瀬は答えた。濃子と同じく動揺しており、上手く喋り出せなかった。

「だ、だって平祁は、濃子の親戚だろう?」


 二人は放課後のデータ解析が終わると、瑠瀬の実家の喫茶店にやって来た。思ったよりももたついて作業が長引いてしまったので、いつもの下校時刻よりも大分遅い時間帯になった。

「…いただきます」

 まずは夜ご飯を食べた。濃子と向かい合って食べるのは、もう何年ぶりだろうか…。

 瑠瀬は父に頼み、閉店後も濃子を店に残した。

そして本格的に話し合うことになった。

「まず…なんだけど。濃子の親戚に、鉄平祁って人は本当にいないんだね?」

「いないよ。瑠瀬の方は?」

「俺も。濃子の話が正しければ、今、俺の家に泊まっているん…でしょう? 家には家族以外、誰も住んでないけど…」

 鉄平祁…。一体何者なんだろうか? 瑠瀬の親戚でないなら、瑠瀬が恋で困っているというのは嘘。濃子の親戚でもないなら…。

「濃子って、病気とかないよね?」

「うん。お母さんからもそんな事言われたことないし、中学生になってからは予防接種ぐらいでしか病院にすら行かない。最近瑠瀬とはあまり話せてなかったけど、それぐらい瑠瀬もわかるよね?」

 濃子の返事で瑠瀬は、はっきりとわかった。平祁の話は、嘘だ。根も葉もない、質の悪い作り話だ。そもそも濃子に病気があるなら、もっと幼い時に気付けてないとおかしい。濃子もそんな具合の悪い素振りを見せたこともない。

「でも…。何でそんな話をわざわざ私たちに言いにきたのかな?」

 そこが疑問である。

「麻林さんからのスパイ…? でもだったら、濃子と話せばすぐにわかる嘘をどうして俺に言うんだ? もしかしたら、通じないかもしれないのに」

 瑠瀬はそう考える。

「麻林ちゃんがどういう子かはよく知らないけど、手下だったら麻林ちゃんの名前は私に言わないと思うよ?」

 濃子も自分の意見を言った。言う通りだ。そんな事をすれば、麻林について悪い噂が確実に広まる。

 しかし、最大の謎が二人の前に立ちはだかる。

「だいいち、鉄平祁は何者なんだ? 俺たちに嘘を吐いてまで引き離そうとすることが、平祁に何のメリットになるんだ? 俺も濃子も、平祁のことなんて遭遇するまで知らなかったのに…」

 しばらく話し合ってお互いの意見を言い合ったが、心当たりもない人物のことはいくら考えても、何もわかるはずがなかった。


 気がつくと、時計の針が九時半を回っている。もう流石に遅いので、濃子を帰らせなければいけない。

「まだ何も答えが出てないのに…。私一人で考えても…」

 濃子が帰りたくなさそうなことを言った。我儘に聞こえなくもないが、濃子は瑠瀬と、こんなに長く話したのは本当に久しぶりなので無理もない。

「なら、気分転換しよう。遊水地をちょっと散歩。それぐらい、いいだろう? 夜道は危ないかもしれないけど、どうせ濃子は家に帰らないといけないんだし」

 そう言って連れ出した。この辺りで不審者の目撃情報は聞いたことがないので、瑠瀬は一人で家に帰ることになっても大丈夫。濃子を家に送ってあげるだけだ。

 扉の鍵を閉めると、二人で喫茶店を出た。

 まずは谷中湖の周辺を歩く。

「こんなことをするのは、いつぶりかな?」

「中学に上がってからは一度もなかった。それより前だと、ちょっと怪しいな…」

 瑠瀬はあまり覚えていなかったが、濃子はどうやら違うらしい。

「確か…。小学校の卒業式の日。あの時一緒に歩いたよ。その時は亜呼たちも一緒だったけど」

 まだ三年も経っていないのに、遠い昔のことのように感じる。交流がなくなるとは、残酷なことだ。

 気持ちいい夜風が吹いている。濃子が池を見渡して言った。

「静まり返っていて、綺麗だね」

 瑠瀬が防波堤を降りようとすると、

「流石に夜はやめた方がいいよ」

 と止めた。そして第三調節池の方へ向かった。

「濃子。写真撮ろうよ?」

 瑠瀬がポケットからスマートフォンを取り出した。

「え、どうして?」

「だってさ…。俺ら、きっとツーショットってないだろ? 寂しいじゃんかそんなの」

 オートシャッターをセットすると瑠瀬は近くの木にスマートフォンを丁度良い高さに置いた。

「濃子、あと五秒でシャッターだ」

「ポーズどうしよう?」

「ピースで十分だよ。ほら!」

 瑠瀬と濃子が共にピースサインをすると、良いタイミングでフラッシュが光った。瑠瀬がスマートフォンを取って写真を確認する。

「どう? 良く撮れてない?」

 濃子も画面を覗く。濃子としてはもっと可愛いポーズで写りたかったが、二人だけで写真に写れて幸せだった。

「すっごくいいよ! 私のスマホにも送って!」

 すぐに濃子にメールを送った。

「ありがとう! コレ、一生大事にするね、私」

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