第一話 始まりは普通

 七月にも入り少し暑くなってきた。

 あれから何も起きていない。それは嬉しいことだ。だが同時に、いつ何が襲ってくるのかビクビクしながら生活する羽目になった。

 今日の授業が終わる。教室を出る前に周りを確認する。イワンのことが調べられていたと言うから、自分がこの学校に通っていることも雨宮はわかっているはずだ。だから雨宮の式神がいつやって来てもおかしくはない。

 廊下に何もないことを確認する。そして廊下に出ようとした途端、

「何しているのよ?」

 後ろからの声にびっくりした。

「うおあ!」

 声の主は久姫だった。

「脅かすなよ…。寿命が縮むぜ。俺は百歳まで生きたいのに、今ので八十歳で死ぬ」

「そんなに取り乱す必要はないでしょ?」

 陽一にあって久姫にないものがある。

「久姫。お前は雨宮に顔がバレてないんだ。雨宮はお前のことすら把握してない。だから安全なんだよ。でも俺は違う。名前もバレてるし顔も見られてる。のん気にしてられるかよ!」

「その雨宮って人の捜索、進んでるの?」

「フルネームはわかったしどこに在籍しているかも把握できた。岩大の農学部の三年生だ。でも、今動けないんだよ」

「どうして? わかってるなら一気に攻め込めばいいじゃない?」

「イワンのことを調べていたのは雨宮本人ではなく風間とかいう奴だった。岩大二年の学生。ソイツは事故死したけど、雨宮の部下が風間だけとは思えない。下手に動けば顔も名前も知らない召喚士にやられるだけだ」

 だが向こうからも何も仕掛けてこない。きっと同じ理由だ。こちらの召喚士の数や式神のことを探っているのだ。用心深い相手。手強い。

「それに変に首突っ込まない方がいいよ。最悪死ぬかもしれないんだから。雨宮は敵は全員始末するタイプの人間だ。少なくとも俺やイワン、陶児先輩は始末することを考えているだろうな。繭子はどうだろうか…」

「私にできることは無い?」

 実のところ久姫には協力して欲しいと思っている。仲間は多い方がいいからだ。でも雨宮が原因で何か被害を被っても欲しくない。危険な目に遭わせたくない。

「やめた方がいいよ。久姫、君の式神は役立つ時があるかもしれないけど命を狙われながら生活するのは嫌だろう?」

「何もしないでクラスメイトが死ぬのも嫌よ」

 そう言われると弱る。

「じゃあ何かあれば連絡しよう。それまで何もしないで待ってろよ?」

「うん。わかったわ」

 久姫との会話を終わらせると今日はもう学校を出る。寄り道せずに家に帰る。


「ただいま」

「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい」

 雪子が玄関で陽一に挨拶をした。陽一は雪子の顔を見て安堵した。

「今日何か変わったこととか、学校であったかい?」

「ううん、何も」

「そうか。ならいいんだ」

 雪子の命は狙われてなさそうだ。

 着替えるとすぐに家を出た。向かった先は繭子の家だ。繭子は最近風邪をひいたらしい。学校には行けず家で休んでいる。繭子の世話をして欲しいと小母さんに頼まれた。

 こんな時に、と思ったが断るのは変だ。繭子には[アテラスマ]がいる。召喚している間は目が見える。だが親にはそれを説明していないようなので自分が呼ばれた。

 繭子の家にはすぐ着いた。鍵はかかっていない。一応インターホンを鳴らして返事を待つ。

「どなた?」

「俺だよ、陽一」

「陽一ね。入ってきて」

 ドアを開けて中に入る。そして繭子の部屋に行く。

 繭子はベッドの上で寝たいた。

「調子はどう? [アテラスマ]で病気は治せないの?」

「やろうと思えばできるよ。だよね?」

 横にいる[アテラスマ]は答える。

「はい。すぐにでも完治します」

「じゃあ何でしないんだ?」

「陽一…。風邪ひいた時ぐらい休ませてよ。私は自然に治るのを待つ。たかが風邪で[アテラスマ]に頼るのは情けない」

 しっかりしてるよ繭子は。俺だったら絶対に治せと命令してるだろう。

「しかし小母さんもしつこいな。いっそのこと、目が見えることを話してやればいい」

「そんなことしたらビックリするよ。通ってる学校はどうなるの? 本来なら私は目が見えない。式神の力は困った時に使えばいい」

「それが今じゃないのか?」

「そういうことじゃなくて…ゴホン」

 繭子は咳をした。

「大丈夫か?」

「ゴホゴホ。ふう、大丈夫」

 本当にただの風邪か? 季節外れのインフルエンザとか、もっと重篤な病気だったら…。そう思うとぞっとする。

「[アテラスマ]に治してもらう気がないならそれはそれでいいけど、医者に行った?」

「いいえ。お母さんが会社休めなくて…」

「じゃあ今行こう。雨宮に見つかるといけないから[アテラスマ]は札にしまって。それでも俺が付いてるから大丈夫だろう?」

 繭子は頷いた。

「保険証とかはある?」

「机の上の引き出しにあるよ。でもお金が…」

「金のことなら心配するな。最初にコンビニ行って俺が自分の口座から出すよ。かかった費用は病院から帰ったら小母さんに請求すればいい。繭子は何も心配する必要なない」

 ここから一番近い病院と言うと中村医院だ。近くにコンビニはあったはず。

 繭子の準備ができるまで待つ。

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