第五話 ついに…

 まさか今日が晴れるとは。運動会は雨だったのに。釣りに行けるのは嬉しいんだけど晴れるタイミングが違うなあ。

「じゃ、行ってきます!」

 元気よく家を出た。芝水園は高松の池の隣。すぐそこだ。でも集合時間に遅れるのはイワンに悪いので早めに出発する。

 高松の池のほとりのベンチにイワンはもう座っていた。

「春に来るとここ、桜が綺麗なんだけどなあ。もうその時期じゃないからなあ」

 イワンは不満そうな顔である。それは陽一の言うことが気に入らないんじゃない。イワンはこの池の桜の木が気にくわないのだ。

「この池の桜の木ハ、日露戦争の戦勝を記念して植えられたんですっテネ」

 やっぱりそれだ。ここに来るたびいつもそのことに文句を言う。

「日本じゃあの戦争に勝ったことになってる。いい加減機嫌治せよ。さ、早くあっちの方に行こうぜ。今日はどんなのが釣れるか楽しみだ」

「またザリガニ祭りはごめんでスヨ」

「あの時は…仕方ないだろう? 雪子がどうしてもザリガニを見てみたいって言うから。でもあんなに釣れるとは思わなかったぜ…」

 去年の夏だ。雪子を連れてイワンと釣りに来た。ザリガニは本当にバカスカ釣れるので調子に乗って釣りまくったが、雪子が一匹だけでいいと言うので全部逃がす羽目になった。

「今日の目的はちゃんと魚だから安心しろよ」

「そう言えば、あの三人組の件はどうしたんでスカ?」

「ああ、あの宮本石島高田のクソトリオのこと? もう探すのはやめるって先輩が言ったから俺はもう諦めたぜ。全く馬鹿野郎だよな、勝手に家出して周りを困らせるなんてよ!」


 三人組…。今すれ違った高校生がそう言った。それに名前も。あの時殺した高校生のことだろうか? 名前は確か同じだ。探しているのか?

「まさか…」

 好恵は反転し、二人の高校生の後をつけた。そして会話を盗み聞きした。

「そういや今日は姉には内緒? それとも許可取った?」

「それは許可取りまスヨ。無断で行ったらどうなルカ…」

「なら何時まで大丈夫? また釣竿を折られたくないからね。帰る時間は決めておこうぜ」

「夕食の時間までに帰れば大丈夫デス」

 そんな会話が聞きたいんじゃない! 三人組を探しているのかどうかが聞きたい。

 片方が振り返った。

「何だいあんた。ちょっと近いよ?」

 話しかけられた。できれば会話は避けたいが…。いやこれは聞いてみるいい機会だ。

「き、君たちと同じ用事よ」

「でもバケツも釣竿も持ってないじゃん。本当に釣り?」

 釣りに来たのかこいつら…。この池は釣りができるのか? いや違う。奥に釣り堀があるのか?

「忘れてきちゃって…」

 こんな馬鹿でもわかる嘘を吐くしかなかった。そんな自分が悔しい。[ルナゲリオ]でこいつらを殺してやりたい。でも今日は[ルナゲリオ]は岩山パークランドに行っていてここにはいない…。

「じゃあ貸しまスヨ。交代で釣りをしましョウ」

 何だ疑ってこないのか。いらぬ心配をした。最近の高校生は馬鹿だ。

「それなら助かるわ。実は私、最近釣りを始めたばかりなの。色々と教えてくれない?」

「いいぜ。俺が長年積んだテクニック、あんたに伝授してやる!」

 全く面倒なことになった。でもいざとなれば式神で…。[ルナゲリオ]じゃなくてもこいつらだけ殺せれば…。それができる式神はいる。札をいつでも出せるように準備はしておこう。


「ここにしよう。家族連れは色々とうるさいから魚が逃げる。ここなら周りに人が全然いない。静かに釣りができる」

 陽一は自分のポジションを決めた。

「で、あんたはどうするんだ? 先に釣りたい?」

「あとでいいよ。持ってこなかった私が悪いもの」

 普通釣りに来るのに道具一式忘れてくるか? 変な話だが本人が釣りに来ていると言ってるんだ、そうなのだろう。

「じゃあ餌を針に付けて…。それ!」

 竿を振った。餌の付いた針は静かに池の中に入った。あとはかかるまで待つだけ。運が良ければすぐだが、悪いといつまでたってもかからない。一日中いてもかからない日だってある。

 女性はイワンの方を向いて言った。

「ねえさっき聞いたんだけど。あなたたちのクラスに家出した人でもいるの?」

「ワタシのクラスではなく陽一クンのクラスに三人、先月の中ほどから行方不明の人がいるんデス。馬鹿にも程度がありマス」

 そう言えばこの女性の名前を聞いていなかった。

「アナタ、名前は何て言うんでスカ?」

 女性は名前を言うのをためらった。何故だろうか?


 ここで名乗るのは不味い。だが言わないのもおかしい。でもそれはかえって怪しまれる。

「私はすぐそこの岩大生よ。どこにでもいる一般人。気にしないで」

 そう言って気にしない人はいないだろう。でもそう言うしかない。名乗ればそこから足がつく。

「そうですか…。女子大生サン、行方不明の三人組については陽一クンの方が詳しいでスヨ。彼に聞いてみてはどうでスカ?」

 隣の高校生は陽一というのか。早速聞いてみることにしよう。

「あなた…。陽一って言うんだっけ? 行方不明の人たち、早く見つかるといいね」

「ああ、あのクソトリオのこと? いいよそんなの。先輩と一緒に探したけれど見つからないからもう諦めた。それよりあんた、網取ってくれない? 今日は運が良い。釣れるぞ。これは大物かもしれない。準備して!」

 そこに置いてある網を取った。そしてすぐに陽一は魚を釣り上げた。

「五十センチくらいか? まあいいや。あんた、網にこの魚を入れてくれ! さあ早く!」

 網の扱い方なんて知らない。でも適当に陽一が釣り上げた魚を網に入れる。

「今日の晩ご飯はこれで決まりだな。良かったよ早く釣ることができて」

「そう。それは良かったわね」

 この時好恵は不用意に後ろに下がった。それが仇となった。

 その動作のせいでポケットから札が落ちてしまったのだ。式神の札が!


「おいあんた、その紙は?」

 陽一は女性が落とした紙に注目する。間違いない。これは式神の札だ。札に書いてある文字が見える。何て書いてあるかわからないが式神の札と確信できる。

「その紙は何だって聞いてるんだ! それは式神の札だろう? 違うか? おいイワン! この紙を見ろ!」

 言われてイワンは釣竿を放り投げてこっちを向く。

「ああ、そレハ!」

 長年召喚士をやっていればすぐわかる。自分もイワンも。

 間違いない。この女性は召喚士だ! だが召喚士というだけで敵というわけではない。それを確かめなくてはいけない。

「あんた、その式神を召喚してみせろ。危険じゃないかは俺が判断する!」

 陽一は女性に言った。

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