俺には見える

杜都醍醐

プロローグ

 暗い道を一人で歩く。見えるのは数メートル先の地面と、一定間隔で設置されている街路灯だけである。横の森林は時々、風で葉が揺れて音を立てていた。

 腕時計を見ると十一時半を回っている。流石に遅くまで遊び過ぎた。でも短大時代の友人と会うのは本当に久しぶりなので、仕方ないと自分に言い聞かせた。それにもう社会人なのだから、門限なんて気にする方がおかしい。

「っと」

 いきなり目の前に電柱が現れた。いつもここでぶつかりそうになる。今日は避けることができた。そして電柱の少し先に交差点があり、左に曲がってさらに進めば自分の住んでいるアパートがある。

 お酒には強い方だと信じている。それに今日はあまり飲んでいない。だから自分の感覚は少しも狂ってはいない。だけど聞こえる。自分以外の足音が。不気味な音が聞こえて、頭から離れない。

 一旦立ち止まった。すると足音は聞こえなくなった。やはり気のせいだろうか? 心配し過ぎだろうか。

 歩き出した。するとやはり聞こえてくる。自分の後ろの方からコツコツという音がする。こんな時間に誰が、どうして? 自分と同じで、ただ家に帰るだけなのだろうか。仕事で帰宅時間が零時を過ぎることも数回あったが、このような音に会うのは今日が初めてだ。

 胸に手をやる。毎日通る道なのに、恐怖で心臓の鼓動が乱れ始めている気がする。夏はもう終わっているのに、全身汗ぐっしょりである。

 また立ち止まる。するとまた、音が止む。

 このまま気にせず進むか、それとも振り返って確かめるか。その二択に迫られている。

 結局、勇気を出して振り返った。後ろには何もなかった。

「ふう」

 安心して再び歩き出した。だが、また聞こえる。

 何か怪しい。自分の本能がそう感じている。ここから早く離れなければいけないと警告している。でも、ハイヒールで走るのは不可能だ。

 早歩きをし始めた。早く不安を掻き消したくて、いつもより足取りは早かった。そして息が上がっていた。

 音は、思いとは裏腹に自分に近づいてくる。早く歩けばそれだけ早く近づこうとしているのがわかる。

 音が自分の真後ろに来た、と思うのと、背中に何かで刺されたかのような痛みが走ったのは同時だった。

 痛い…。それを感じながら体が崩れ落ちる。地面に倒れる頃には意識はもう失いそうだった。

 せめて最後に何が起こったのか確認したい。腕に力を込めて立ち上がろうとする。だが、できたことは目を閉じることだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る