第三話 どんどん減っていく仲間

 ヌーという牛の仲間の動物がいる。この動物は年に二度、乾季と雨季に大移動をする。その時必ず川を渡らなければならない。

 この時が絶好の時である。新参者の彼らもヌーの群れを数日待った。

 やがて来た。想像をはるかに超える、大量のヌー。視界を埋め尽くすほどいる。このチャンスを生かすためにも、彼ら以外のワニもやって来ていた。

 ヌーは川をなかなか渡ろうとしない。自分たちがいることを知っていて、警戒しているのだ。だが渡らなければいけない。だからこの岸から群れは離れない。

 一頭のヌーが川に飛び込んだ。一生懸命泳ぐヌー。彼らはそれを見ている。

 初めてのイベント。どう狩りをするのか、他のワニで確認しておきたい。だから彼らは他のワニが動くまで動き出さなかった。

 ベテランのワニが一頭のヌーを捕えた。捕えられたヌーは子供だった。

 そんな小さな獲物で満足できるわけがない。彼らは次に来る、大きな一頭に狙いを定めた。あれを仕留めれば長い間食べなくても生きていられる。

 最初に動いたのは彼だ。前脚に噛みついた。しかしヌーは強靭な力を持っていた。払いのけられてしまった。

 次に兄弟が一匹、首に噛みついた。そこなら仕留められるだろう、彼はそう思った。

 だが結果は違った。ヌーは体を振って兄弟を軽く振りほどいた。これに怒った兄弟は再度、アタックする。しかしそれはしてはいけなかった。

 今度はヌーが怒った。兄弟を何度も踏みつける。彼は助けに行ったが、自分の力では敵わない。

 もう一匹の兄弟も加勢する。しかしヌーは攻撃をやめない。

 実はこのヌーは前回の川渡りの時、別のワニに子供を食われていた。だからワニに対し、異常な怒りがあったのだ。攻撃をやめない理由はそれだった。

 あれだけいたヌーもほとんどが川を渡り終えている。ヌーはそれに気付くと、自分も遅れまいと川を渡った。

 彼と兄弟は、踏みつけられた兄弟を待った。しかし兄弟は二度と浮かび上がってこなかった。

 狩りに失敗した。せっかくのチャンスを無駄にした。しかも仲間を殺されてしまった。

 何故狩りに失敗したのか。ベテランのワニを忠実に見習っていれば一頭ぐらいは捕えられたのだ。

 彼は狩りに成功したベテランのワニを見た。みんなくわえている獲物は子供だった。ベテランは、自分が大人のヌーを狙うにはリスクが大きいこと、子供なら力が弱く仕留めやすいことを知っていた。だから子供を狙ったのだ。

 親のヌーに攻撃せず子供のヌーを狙う。それが成功の秘訣だった。もう後悔しても遅い。次の川渡りは半年後だ。


 二匹となってしまった。兄弟を失うのは辛いが、皮肉なことに必要な餌は減った。

 ヌーとの初めての遭遇から何も食べてない二匹。川を泳いでいると陸地にあるものを発見した。カバの死体だ。

 思わぬ餌が目に入る。もう陸に上がり、口を開けた。相手は既に死んでいる。勝ち負けは関係ない。絶対にあの獲物は手に入る。そう確信した。

 だが思わぬ邪魔が入った。ライオンだ。ライオンたちもまた、狩りに失敗し空腹だったのだ。

 ライオンと格闘する彼ら。ここが水辺なら彼らの勝ちだろう。しかし陸である。本来できることのほとんどができない。勝ち目はなかったが引くわけにもいかない。大きく口を開け威嚇する。それでも飛びかかってくるライオン。ライオンの爪、牙で彼は負傷する。逆にライオンに対して、尻尾を当ててダメージを与える。

 最終的に勝利したのはライオン。数が次第に増えていき、二匹では対処できなかった。それに川の中でもなかった。ボロボロにしてやられた彼らは逃げる。ライオンはカバの死体が手に入ったため彼らを追わなかった。それが不幸中の幸いか。

 川の中に戻る。空腹で頭がおかしくなりそうだった。その時だ。

 急に兄弟が彼に噛みついた。激痛が走りのた打ち回る。

 何が起こっているのか。彼は一瞬で理解した。兄弟はこの状況を脱出するためには、共食いしかないと考え実行したのだ。

 相手は兄弟。しかしやらなければ自分がやられる。彼は襲いかかる兄弟に立ち向かった。

 互いにボロボロの身。さほど激しくない戦い。きっと見ている側からすれば余興にもならないだろう。それでも二匹は生きるために必死だ。

 わざと尻尾を前に出した。それに兄弟が噛みつこうとする。寸前で尻尾を引っ込めた。兄弟の攻撃は空振り。口を閉じた。それを彼は見逃がさなかった。兄弟の口を覆うように噛みつく。ワニは噛む力は自然界のあらゆる動物よりも強い。実際にナイルワニの噛む力は二トンを超える。だが口を開ける力は弱く、輪ゴムでも開かなくなると言われている。兄弟の口は封じた。

 今の彼に二トンもの力が出せるかは疑問だが、兄弟の頭蓋骨を噛み砕くには十分だった。

 夕焼けが、もう動かない兄弟の体を赤く照らす。彼は今まで一番一緒に行動してきた兄弟を食べることとなった。空腹は凌げた。


 ついに一匹になった。自分の餌だけ確保すればいい。今までよりは楽だ。そう思うことで寂しさを紛らわせた。

 川辺を泳いでいると岸に人間がいる。彼はとっさに後退した。

 しかしよく見てみるとその人間は前に出くわした時より小さい。きっと子供なのだろう。そして例の悪魔の枝は持っていない。危険でない人間だ。

 餌に困ってはいなかったが、この時彼の怒りが爆発した。兄弟を殺された時の記憶が蘇る。

 次の瞬間、彼は無意識のうちに人間の子供に噛みつき、川の中へ引きずり込んだ。

「きゃああ!」

 何やら人間の声が少し向こうで聞こえる。どうやら他の人間に今のを見られたようだ。だからどうした? 彼は自分の兄弟を殺した人間は死んで当然と思っていた。そして子供を食べた。

 だが人間の方は違った。逃げていく。そして、大勢の人間がこっちに来る。

 彼の目に真っ先に入ったのはあの、悪魔の枝。

 彼は反転し、一目散に逃げた。

 彼が人間に、顔を覚えられた瞬間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る