第一話 走馬灯
夏休みにある兄弟が動物園に来ていた。弟の方がハ虫類館に興味があり、兄を急かした。
「あ、いたいた!」
お目当ての動物が見つかって、弟は喜んでいる。
「時間通りだな。ならそろそろだ」
この兄弟がこの日、この時間にこの動物のコーナーに来たのには理由がある。餌やりが見れるからだ。
クラハーケンと名付けられた雄の一匹のナイルワニがいる。五年前に八木山動物園にやって来たのだ。彼への餌やりは動物園の名物だ。この兄弟以外にも沢山の客がいる。
彼はこの時間に餌が与えられることを知っているので、水の中から出ようとする。が、中々陸地に這い上がることができない。
数分かけてやっと陸地に上がった。そして飼育員が目の前に餌の肉を置く。
しかし彼は見向きもしない。見かねた飼育員が餌を動かしてみる。だが反応しない。
「腹減ってないのかもなあ」
兄が言う。そうではない。彼はお腹ペコペコだ。
「せっかくこの時間に合わせて来たのに。そんなのあり?」
「しょうがないだろう
違う。彼が餌を食べない、というより食べれない理由がある。彼にはもう力が残っていないのだ。高齢で、少しずつ弱って来た彼。さっき陸地に上がる時、最後の力を使ってしまった。もう口を開けることもできない。
段々と人が減ってくる。だが兄弟は最後まで彼の元にいた。
「頑張れよクラハーケン! 人を食い殺してきたそのアゴを今使わないでどうするんだ!」
弟が叫んだ。その叫び声は彼も聞いた。彼には人間が何を言っているかわからないが、餌に食いつけと言っていると思った。
最後にそれに応えてみせよう。少し前進した。あと少し、ほんのちょっと口を開けば食べることができる。
急に眠くなってきた。彼は目を閉じた。眠りにつくのだ。誰にも起こされない、長い長い眠りに。その時彼の脳裏に、今まで体験してきたことが走馬灯のようによぎった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます