そこをあきらめられてもなあ

そこをあきらめられてもなあ



それどころかむしょうでかいてるわけだけども



公子のことは書いても書いても書ききれんのう



火をつけばすぐだからってべつに心配してない信じてる



対照的な「あたし」ふたりであるわけなんですよね。

公子から攻撃されたがわ、いちおう結果的にまもられたがわ。

けっきょくそういうコントラストができあがる。ひとことでいえば、それをやりたかった。

綾音と笑子はおんなじ「あたし」だけどそこがほんとうにちがうの……。



自分のをみてるとこれくしょんみたいだ



天才とは

「天才はこう」

「天才は例外」

言われたときに


なんのタイムラグもなく「あ、自分はこうで自分は例外なんだ」

と、

思える人間のこと、なのかもしれない


私? ……ふふん。



同時代性、共時代性


狂時代性 とか 誤変換でしたけど、も。



この世は感じかたの総合



無理だ。私は弟の呪いにかかっている。



たいむあたっくだー

たいむあたっくみたいになってきてるぞー

たいむあたっくをやっているのだぞー


それでもむだなものはなにひとつ、ない、はずー



普遍を知りながらそれでも狭いのが真にかがやき必要とされる個性ってもんだ

普遍を知らない個性は個性などというのもおこがましくただの幼稚という。おさなく、つたない。


私だってなんだかんだでまわりに思ってることあるものなんなー



私とふれるとみんなものがたりをかきはじめてしまう、かきだしてしまう


なんて、思い込み。



意識というのもまた不可逆性なんだよなあ



おばさんというのは総じて機嫌のよいいきものである。


かも、しれない!



あんたにだれもきょうみねえわ、と言われてもそりゃそっちにはそう見えるんでしょうよ、興味もってくださるかたはいますのでとしか言いようがないし、そこで抵抗されてもなーんも議論にならんて



文体っていうのはつまりしてそういうことでしょう

きこえかた、かんじかたなのだから


変えようとしたところでそう簡単に、というか変わるわけはないのよ。


ああ プラグマティックね 私も、

ほんとうにほんとうに影響を受けている……。



ネット小説ができたことは原稿の吐き出し口ができたということでとてもよいことだなぁ



あたるもんはたくさんあててあたるほうがいいのだ、



ゆるり、とかゆーのじつは単にそーゆー意識でねじまがってんのかなあ、ううむ。



ひがつくまでだ、


ひがつくまで


がんばろう


つく気配はあるのだから

ないわけでもない

きっともうすぐつくのだという空気の流れとそのこげたいいにおいをすこしずつ感じてきているのだから、

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