死んでも愛してくれますか

暗藤 来河

死んでも許してくれますか

 結婚して三ヶ月。自宅では妻が料理をしている。

「健斗君、お皿出して」

「いや触れないから」

 台所で料理をする絵美が何気なくお願いしてくる。

 彼女は真島絵美ましまえみ。僕の妻だ。

「なに。私の作ったご飯が食べられないって言うの?」

「そう、いや、そうじゃなくて」

 すごい剣幕で睨まれて言い直す。

「すごく美味しいのは知ってるし、すごく食べたいんだけど、残念ながら食べられません」

「なんでよ!」

「死んでるからだよ!」


 一ヶ月前のことだ。

 結婚生活ももうすぐ二ヶ月経とうしていたある日、僕、真島健斗ましまけんとは会社に行く途中で交通事故にあった。

 生前の最期に見たのは一台の車と一匹の白猫。車に轢かれそうになった猫を見つけたとき、思わず身体を張って助けていた。

 ああ、せっかく幸せの絶頂だったのに。たった二ヶ月で終わりか。絵美を一人残して大丈夫かな。ごめんな。

 いろいろな事を考えて、考え続けていて、なんで考え続けられているんだと疑問に思った。

 なぜ意識があるんだ。自分で言うのもなんだが、相当な大怪我なのに。だって、ほら、腕は変な方を向いてるし、足は血まみれだし、背中なんか……。

 背中? なんで自分の背中が見えるんだ。

 そして気づいた。僕は、自分の身体を、上から見ている。


 享年二十五歳。僕の人生は終わっていた。その後、自分が病院で死亡判定される場面を見て、自分の葬式も見た。

 その間、誰も僕に気づかなかったが、葬式が終わって自宅に戻ると絵美が突然僕に気づいた。

 以降、死んでる僕と生きてる妻の結婚生活が始まった。


 そして今、絶賛喧嘩中。いや、正確には喧嘩中というより、一方的に怒られている。

「なあ、なんで怒ってるの」

「うるさい! 死んでるくせに!」

 ひどい……。

 絵美は怒ったままご飯を食卓に並べる。今日はカレーとサラダだ。

 一人分を食卓に置いた後、台所からもう一人分持ってくる。それは食卓に置かず、隣の和室へ運ぶ。和室には僕の写真を置いた仏壇がある。仏壇にカレーを置いて、食卓に座る。そのまま黙ってご飯を食べ始める。

 僕は仏壇の前で落ち込でいる。スプーンを持とうとするが、すり抜けてしまう。物を持ったり、人に触れたりはできないのだ。せっかく目の前にカレーがあるのに。お腹は空かないけど、食べられるなら食べたい。


 諦めて畳の上に寝転がっていると、絵馬がすすり泣く声が聞こえた。

 和室からそっとリビングを除く。絵馬は僕が見ていることに気づかず、スプーンを握ったまま涙を流す。

「どうしたの。カレー上手く出来なかった?」

 隣に座って尋ねるが、絵美は答えない。

 結婚式の日と葬式の日以外で、絵美が泣くところを初めて見た。あの時もどうしていいか分からなかった。今も、何も出来ずにただおろおろしている。

「なんで、死んじゃったのよ……」

 ついにスプーンも置いて、両手で顔を覆って呟く。

「ごめん……」

 そうか。怒っていたというより、不安だったんだ。突然旦那が死んで、一人になって。

 やっと絵美が僕を見て、僕に話しかける。

「健斗君。本当にそこにいるの? 私だけ、疲れて幻覚が見えてるんじゃないの?」

「違うよ。ここにいるよ」

 僕は幻覚だと思われてたのか。いや、それほど絵美は精神的に追い込まれていたんだ。

「ごめんね。勝手に、先に死んじゃって。でも、僕は、自分でもなんでか分かんないけどさ。まだここにいるから。触ったりは出来ないけど、見えるし、話せるし。だから、その、死んじゃったけど、許してくれますか」

 絵美は僕の言葉を聞いてまた泣き出す。

 そして、

「馬鹿!!」

 と言って僕の頭を叩く。

「許さないわけないでしょう! ずっと、一緒にいてよ……」

 絵美の言葉で、僕も涙が流れた。

「ありがとう……」

 それからしばらく、二人して泣き続けた。


 ……あれ。

「そういえば、さっきさわれてた……?」

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