一番と二番の話

@hidajouzi

第1話

「……むざむざ敵と戦わせて死なせるわけにはいかない! 君は下がっていて!」

 魔軍四天王の筆頭と言われる敵を前に、勇ましくも私を心配するユーリアは庇うように私の前に立ちました。

 庇ってくれているのでしょう、この敵さえ倒し、最後に残る魔王さえ倒そうと彼女は、ユーリアは考えている。

 私もユーリアもまだ剣術学校の学生であるというのに、彼女はなんと健気で前向きで、勇敢で、傲慢であっても人を守るために己の命さえ差し出せる人なんでしょう。

 彼女の名は剣術学校のみならず、この国、大陸にさえ轟いていると言って過言ではありません。初めての実戦演習で、教員をも負傷させたボスゴブリンを倒したとか、軍国エーデヴィンとの戦争を止めたとか、学校で最強の生徒リカルドを退けたとか、その伝説は枚挙にいとまがありません。

 物語の英雄譚にある主役のような華々しい栄光を、似つかわしいほどの武勇を彼女は持っていました。現に、私の前で戦っていた彼女にはそれだけの武勇ありきという剣術も体術も兼ねていて、惚れ惚れするほどです。

 彼女はそんなだから、成績はクラスで一番、実力もクラスで一番、なんなら筆記までクラスで一番の紛れもない天才児でした。学校外の、国の軍の人や政治家の人ともよしみがあって、しょっちゅう国からの依頼で動くくらいの英雄譚を紡いでいるのですから。

 認めましょう。立派で、美しいです。これと言って特徴のない、長い栗色の髪も、素朴な少年に見紛うような体型も、後世の歴史家にはきっと過剰なほど恭しく語られるのでしょう。そうする気持ちもわかります、今となっては、この世界を救うのは貴女の剣なのですから。

 きっと、こうして魔軍との戦いが本格化した今となって、その魔軍にトドメを刺せそうになった今となっては、貴女が最強であるということを世界中の誰もが認めているでしょう。私だって、そう思います。

 けれどたった一つ言いたいことは、私は最初からそう思っていました。

 入学試験の時の模擬戦で剣をぶつけたあの日から、私はずっと貴女こそが天下をも取るほどの実力者だと思っていました。

 三大貴族のネヴァン家長女であるこの私を退けておいて、そこから貴女の伝説が始まったのではありませんか? リカルドに一矢報いようとした時もエーデヴィンとの争いを止めようとした時も私は失敗して貴女は成功した。貴女は私にできないことを何でもしていったけれど、私は最初から貴女を尊敬していたのよ?

 私を打ち負かした人間が弱いわけがないと、きっと私にできないことも貴女ならできると。

 私が率先して、国を、この学校を守るために何かしようとして失敗した時も貴女ならきっと助けてくれるなんて思っていた。

 実際に貴女はそうだった。国からの要請を受けるほどになってどんどん強くなって有名になって、むしろ私は鼻が高いくらいに思っていた。

 貴女が学年最強の一番のところに立っていて、それで私は学年で二番目に強い存在になっていた。

 ずっとです。ずっと二番の位置にいた。貴女の真後ろに立っていた。

 入学してからずっとです。国を揺るがす事件の時も学校がなくなる危機の時も貴女より先に事件に首を突っ込んでは、失敗して、結局貴女の手を借りるハメになったけれど。

 ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっと、貴女の真後ろにいた、貴女と同じことをしていた、貴女を目指していた!

 なのに!


「むざむざ死なせるわけにはいかない? 下がっていて? ほぉ。ほぉぉー……、ユーリアさん、私の名前はご存知で?」

 名門ネヴァン家が長女、シリシア・ネヴァンの名を知らぬ人間がこの学校にいますか? いるわけはきっとないでしょう。そう思っていても……いえ、そう思っていません。この女はきっとそれを知らないだろうと思ったのです、この瞬間に。

「……ごめん、どこかで会ったことあったっけ?」

 全力でユーリアの首を斬り落とそうという横一閃の斬撃は、あっさり彼女の剣に阻まれて、逸らされてしまいます。

 それは予期していました。彼女は強いから。

 そして彼女は反撃をしてこない。私が人間で、彼女が優しいから。

 それも予期していました。剣は落とされず、勢いも逸らされただけで死んでいないので、私はその勢いのまま敵の方に向かって行きます。

 目前にいるのは部下を引き連れた魔軍四天王の最後の一人、氷の刃を無数に出すことで敵を倒す魔術剣士。

 正直、勝てる気もしませんでした。

 私は学生です。魔族との戦いは剣術学校を卒業して戦士となった者達がするもので、そもそも学生はこういう戦場には出ないものです。

 それが敵の強襲を受けて、もはや伝説的なほどに強いユーリアさんがいるから、私達まで戦う羽目になって。

 それで、死ぬ人がいて、勝つ人がいて。

 空気に当てられた、としか言いようがありません。みんなが戦っているから戦う、みたいな。

 でも、でも部下の攻撃は見事に躱しました。鋭い爪の攻撃を紙一重で躱しながら、牙で噛もうという魔族なら最小限の動きで首を落として無力化できる。

 今は、冴えている。一番当てられたのは、ユーリアの言葉に決まっている。

 きっとユーリアは魔王さえ倒す。皆がそう思っているし、私もそう思っています。

 だからこの部下だって彼女に任せてしまえばいいんでしょう。きっと彼女は四天王も魔王にも勝つ。そういう運命の元にある、そういう気がしてならないほどです。

 それでも戦うのは、きっと彼女が真面目だから、私がこの敵を倒して初めて彼女は私を認識するだろうと思ったから。

 魔王には、きっと敵わない。それでも私がここまでこれたのはユーリアみたいにいろんな周りの人に託されたから。

 託されて、ユーリアを助けるためにここまで来た。

 ならば斬らねばならない、世界の為にもユーリアのためにも。

 何より、ユーリアに覚えられたいという私のために。

 尖った氷柱が飛んでくるのを、首を反らして頭に当たる致命に至るものだけを躱して、胴体に刺さるものは平然と受けて、敵の首を切り落とした。

 剣の切り傷は、基本的に熱いって感じる。鋭く、速く、深く負った傷ほど耐え難い痛みに声が漏れる。

 けど、氷柱の刺し傷はそんなことなかった。剣より遥かに深い刺突に体内にまで激しい熱が起きたかと思うと、直後にその冷たさに吐息が漏れる。

「君!」

 ユーリアは、私が討ち損じたザコをあっさりと斬り殺して私のもとに駆け寄る。

 やっぱり、格が違うらしい。

「……傷が深い、すぐに助けを……」

 どこまでも正しい、ただ正道を進む、人としてのあるべき姿を取る彼女を見ると、私は致命に至るような状況にあっても安心を覚える。

 こういう時のユーリアはきっと私がかけてほしい言葉をいくらでもくれる。

 でも、私が欲しい言葉は、本当はただ一つ。

「私の名前、わかりますか……?」

「……え、っと」

「……ふ、ふ、行きなさい、ユーリア、魔王を倒すのでしょう?」

「でも君が」

「治癒魔法くらい使えます! とっとと役目を果たしなさい! このラブラ・ネヴァンが言うのですから!」

「……わかった!」

 治癒魔法なんて使えませんが、彼女は言われた通りに走っていきました。

 結局、名前を覚えさせようとしてしまいました。けれどもし私が死ぬというのなら、彼女にその名前を覚えさせたというだけで、ちょっとした満足感さえあります。

 自己紹介、初めてではありませんでしたが。

『このラブラ・ネヴァンと戦うことになるとは、不幸な入学者試験になりましたね』

 貴女に初めて負けた時。きっと貴女にとって私は何者でもないザコで、四天王を倒せるほど、常に、常に貴女の後ろにいた私でさえ見向きもしないで気付くこともなかったのでしょう。

 ええ、ええ、構いません、それで。きっと貴女はこれからも伝説を作っていって、数多の人を守り数多の人と別れをしていくのでしょう。

 その中の一人である私など忘れても仕方ないでしょうし、忘れられたくないのなら死ぬ気の戦いなどしなければよかった。

 けれど、もう満足したのです。

 魔軍四天王などを倒したこと以上に。

 貴女を殺す気で剣を振った、それがあっさりと防がれた。

 常に貴女を目指して努力を続けた私の攻撃が何も通じなかった。

 それだけでいい。

 もういい。

 もちろん悔しいけれど、私の認めた貴女が何より最強で居続けることに満足したのです。

 ……もし生きていたら、次は絶対に屈辱を味わわせて私の名前を一生忘れられないようにしてあげますけど。

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