第2話 罠にかかった兎
なんだかんだ半日観光に費やし、3人はそれなりに疲れてホテルへ戻ってきた。私も早く部屋着に着替え、日報を書いて解放されたいと思っていた。
「良いグラフとか画像とか、あればLINEで送って。」
そう彼にお願いをし、部屋に入った。
明日東京に帰るため、ある程度使わない荷物をスーツケースに入れ、部屋を整理し、Tシャツとタオル地のパンツに着替えた。髪もまとめ、ようやく寛げる。
早速机に向かうが、一息ついたところで彼に左手を繋がれた記憶が舞い戻り、一人で呻きながら机に突っ伏した。
「・・・どうしよう。」
あれこれ思いを巡らしていると、スマホが震えた。
『昨日の会議とレセプションの写真、一眼で撮ったせいか、重すぎてなかなか送れないので、今そっち行って良いですか?』
一瞬間があった後、私はガバッと起き上がり、部屋を見回した。何もない、物理的には大丈夫・・・。
『大丈夫ですよ、カードリーダー準備しておきます!』
送信。あ・・・男子が部屋に来る?物理的には、とか言ったけど、状況的にはよろしくないのでは?
まあ、間違えてもさすがに変なことは起こらないでしょう。仕事に専念しよう。頭を仕事モードに切り替えた。ノックが聞こえ、私はドアを開けた。
「お邪魔しまーす。」
呑気ないつもの調子で部屋に入ってきた。早速机に向かい、SDカードをパソコンに接続した。椅子のない彼は、長い足を立膝にし、私の横で画面を覗きながら指示を出す。
正直彼は仕事も出来れば、気も利く。気難しい上司を笑わせ、ノリの良い同期を使って場を盛り上げ、おとなしかったり真面目な同僚にも声をかける。割とお世辞抜きで、ペアになれてラッキーとは思う。
家族も女性が多く、女性と話すことはもちろん、恋愛関係ではない同僚とカフェに行ったりすることも彼には普通。女性の扱いも慣れていて、荷物や道端でのエスコートも手馴れている。ウブな女性なら、まんまと騙されて撃沈するやつ。・・・私は彼氏がいるし、学生時代にも何人か付き合ったから、初心者ではない。大丈夫。
あれこれ確認をしながら日報を打つ。なかなか終わらないな〜と疲れた首を回していると、ふいに彼が声を出した。
「最近彼氏さんとはどうなんですか?」
「んー、特に変わらず。」
「結婚は?まだしないんすか?」
「そうねえ。したくないわけではないんだけど、元々そんなにこだわりないし、今はまだ仕事が楽しいし、急いでないかな。本当に彼でいいのかな?とか思うことがないわけでもないし。」
私は嘘をついても意味なしと思い、特に意識せず普通に話に乗った。
「あら、そうなんすか?てっきりそろそろ結婚かと思ってました!」
彼はそういうと欠伸を噛み締め、右頰を机に乗せたまま、こちらを仰ぎ見た。
「・・・何?」
あー、また始まった。よろしくない動悸が。子犬の目で見ないでよ!何が目的?多分天賦の才なんでしょうけど!
「別に。疲れません?休憩!」
彼は立ち上がると、勝手にカーテンを開け、湖が一望できる窓も開け、バルコニーへ出た。仕方なし、と半ば諦め、私も続いた。
綺麗な夕暮れと新鮮な空気で目が覚め、中に戻り、私は窓と鍵を閉めた。彼が後ろからカーテンに手をやる・・・待った、逃げ場がない。
このまま後ろを向いたらすぐそこに彼がいることは明白で、今でも彼の体温を背中に感じる。私は後ろを向いた。
そこには数センチの距離に彼が立っていて、私を見下ろしていた。・・・中止!
「あとはやっておくから、そろそろご帰宅してどうぞ!」
「え?!何、いきなり?」
私は目をパチクリさせている彼の背中をドアに向けて押していき、廊下に放出。
多分、彼はパーソナルスペースが狭いから、故意ではないけど、無理!
しかし、次の一言を言った彼の表情で分からなくなってしまった。
「どうしたんですか?」
単純な一言を掛けた彼の顔は完全に女を狙う男の顔だった。自分が仕掛けた罠に私が引っかかり、気づいて慌てているのを見て楽しんでいる顔。
「・・・っ、自分で考えて下さい!」
私はドアを閉めた。
ベッドに転がりながら呻く。
「ただの人馴れした後輩だし何もないって思ってた私が馬鹿だった!普通に男だし、密室に二人きりだし、距離近いし!・・・どうしよう。」
窓辺に立っていた時の彼の目線が焼き付いて離れない・・・。
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