ビビり陰陽師の俺は雪女に心臓を凍らされて変身ヒーローになるようです
タク
第1話:8月なのに山が凍ったようです
かつて。妖怪が闇と共に地上を覆った時、彼らと戦った者が存在した。
彼らの名は陰陽師。風水を司り、占術を以て妖を清める者。
長きに渡る戦いは終わりを告げ、人々は妖怪や怪異の事を忘れ、陰陽師もその役目を終えた事で歴史から消えていった──
「……あー、終わった終わった。陰陽師モノの映画だったけど、やっぱしょーも無かったな」
テレビの電源が切れる。
少年はけだるげに同じソファに座っている友人に話しかけた。
「おーい、春輔は大丈夫か?」
「ダメだ。このビビり、案の定気絶しやがった」
──少年が、伸びていた。
妖怪モノのB級ホラー映画の冒頭5分で
友人の一人が彼の頬をぺちぺちと叩くとようやく彼は薄っすらと目を開けた。
「うぅ、頭がくらくらする……あッ、今映画何分くらい!?」
「もうとっくに終わったわ」
「ゲゲゲの鬼太郎どころかオバケのQ太郎でも気絶するんじゃねえのコイツ」
「ってことは、ずっと伸びていたのか……俺」
眩暈がする頭を無理やり起こし、彼は友人達の顔を見てようやく安堵する。
この穂村春輔という少年がホラー映画どころかお化け屋敷、怪談、その手の類が苦手であるのは友人の間でも周知の事実だった。
「映画もしょうもないが、お前も大概しょうもないよな。怖がり克服したいからこの映画見たいって言ったのは春輔だろーが」
「そもそも借りてきた映画がショボかったけどな。妖怪も陰陽師もきょうび時代遅れなんだよ」
「ご、ごめん……こんなことに付き合わせちゃって」
「おーい、水が要るだろ? 持ってきたぞ」
後ろから声がする。
水を受け取ろうと、彼は振り返った。
友人の顔には目玉も口も付いていなかった。
「ギャァァァーッ!!」
女子のような悲鳴を上げて、春輔は慌てふためき、荷物を纏めて部屋を飛び出してしまった。
その光景を見て、水を持ってきた友人は口の無い顔で笑いだす。
顎に手を掛けると、のっぺらぼうの面が外れて本物の顔が現れた。プラスチック製のお面だったのだ。
笑い転げながら彼は家を飛び出す少年を指差す。
「あっひゃひゃひゃひゃ、こないだもお面で引っ掛かったのに、同じ手であそこまで驚くもんかね」
「おーまえー、春輔にソレは刺激が強すぎだわ」
「知ったことかよ。どうして怖いのにホラー映画に手を出したがるのかね」
「本人曰く、ホラー映画がどうこうっていうよりよ……怖がりを克服したいからなんだと」
一息吐くと、彼は言った。
「あいつ、陰陽師? の家なんだってさ」
※※※
穂村春輔は陰陽師の家の次期頭首である。
あの映画では陰陽師も妖怪も時代の流れと共に滅んだと言われているがそうではない。
妖怪は居るし、妖怪から日本や人々を守る為の陰陽師も、そして──彼らに仕える式神も実在している。
「春輔様ッ、またダメだったのでありますか?」
「うう、ごめんトウジロー……」
蛇は正座する春輔を睨みながら、甲高い少年のような声で喋る赤い蛇──トウジローは呆れたような溜息を吐いた。
「お父様が亡くなり早五年。嗚呼、こんな事では浄土に居るお父様が何と言うか。座学や占術は大丈夫でも、肝心の肝と心の蔵が貧弱過ぎるでありますよ」
「そう、だね……頑張ってはいるんだけど」
「では、ほらぁ映画を一緒に鑑賞するでありますよ」
「無理無理無理無理ッ! 一日に二度も気絶するのはごめんだからッ!」
「そこまででありますか」
画面越しでもその手のモノを見ただけで鼓動が強く脈打ち、意識が遠のく。そのため、余計に幽霊や妖怪に対する恐怖は強まるばかり。
春輔にとって、妖怪やホラーへの耐性の脆弱さは致命的な弱点となっていた。
「春輔様は、いずれ正式に穂村家の家督を継ぐことになるであります。命を賭して多くの妖怪を討ち滅ぼしたお父様でありますが、何時また奴らが湧いて出て来るか。そうなった時、戦うのは春徒様であります!」
「ごめんね、トウジロー」
「……春輔様?」
「やっぱり俺、戦うとかそういうのは向いてないんじゃないかなって。その、戦闘もお前に任せっぱなしだし……」
「なっ、何を言っているでありますか! もし、春輔様が家督を継がねば無能なあの三流チンピラが家督を継ぐことになるのでありますよ!? そうなれば、穂村家の名折れであります! 今は駄目でもいずれかは……」
「そ、それは、そうだけど……こんな陰陽師が家督を継いだら名折れどころじゃないだろうに」
自分の抱える陰陽師としての欠陥。それは、妖怪退治で命を落とした父と対比しても情けないし嫌気が差す。
家の抱える事情と一緒に、この怖がりな性格も全部捨て去れたならば、どんなに楽だっただろうか。
高校になって多少は自由になれるかと思えば穂村家は、わざわざ目付役にトウジローを送ってきた。彼はあくまでも春輔が穂村家を継ぐべきだと五月蠅い。だから世話人代わりの式神を邪険に扱いはしなくとも、うっとおしく思う気持ちは少なからずあった。
しかし春輔もなまら性根が優しいので、それを表に出す事もしてこなかった。
結果、外に鬱屈した気持ちを出しもしないので彼の胸にはいつも暗い曇天が行き詰っていた。
「ん……?」
ふと部屋が妙に暗い事に気付いた。
窓を覗くと、鉛のような入道雲が向こうの山を覆っている。
最近続いている洗濯物殺しの通り雨か、と思っていた矢先──
──曇天を、白い箒星が貫いた。
白い閃光が窓から溢れ、眼を瞑る。
ようやく、目が慣れて春輔とトウジローは窓の奥を再度見つめる。
絶句した。
「山が……凍ってる……?」
「で、ありますな……!」
山は、白く凍えていた。
遠巻きに見ても一瞬で分かる程だった。
「しかし、山が一瞬で凍り付くとは……! うう、心無しか身体が震えてきたであります、へくちっ」
「トウジロー、寒いの苦手だろ? 大丈夫か?」
「心配されるまでもないでありますよ……なんのこれしき。それより、陰陽師としての務めを果たすべきであります」
「退治出来ると思う? 山を凍らすような妖怪だぞ?」
「うーむ……いや、でもどうもこの気配では、山に落ちた妖怪は間抜けにも大分弱っているでありますよ。もし敵なら……春輔様が何時も通り、遠方から支援をしていただければ我が焼くのみであります」
式神とは本来、陰陽師を支援するものだが彼らからすれば立場は逆であった。
妖怪を退治する時は、近づいたら気絶する春徒に代わってトウジローが戦うことになっていた。これは、彼が怖がりである以上に、式神の力を完全に自らの物に出来ていないからだ。
「見さえしなければ……大丈夫、のはず」
トウジローは、窓際にまで這い上がる。窓を開けてやると、そこから身を乗り出して飛び降り、炎に包まれた。
瞬きする間に、小さな赤蛇は炎の翼を生やした大蛇へ変貌する。これがトウジローの真の姿だった。
「何時見てもおっきいな……」
「ほら、行くでありますよ春輔様!」
「あ、うんっ」
春輔が躊躇いなく跨ると、翼がはためき、そのままトウジローは凍った山目掛けて飛び出した。
※※※
「ひっどい有様だな……」
「いずれにせよ、この手の妖怪ならトウジローが一息であります」
家から持ち込んだ厚手のコートやマフラーを身に纏い、防寒対策を万全にしつつ上空から凍った山を観察する。
山に白い星のようなものが落ちてきたのは確かだが、今の所それは目視できる範囲には存在しない。
「もっと巨大な怪物と思ったでありますが……」
「そもそも、真夏の山を凍らせる時点で唯の妖怪じゃないだろうね。やっぱり他の陰陽師を待った方が良いんじゃないかな?」
「いーや、我の見立てが正しければ、相手は間違いなく弱っているのでありますよ!」
「蛇のカンか」
「この分だと、毒と炎の二重責めでお終いであります! 果てるまで苦しむのが目に見えるでありますよ!」
トウジローは悪い笑みを浮かべて見せる。
「ザマーミロ冷血妖怪め、我が天国・真夏をクソ寒い冬に変えるなんて言語道断であります! 見つけ次第、撲滅、殲滅、いずれも根絶やしでありますよ!」
「何時聞いても式神とは思えない物騒な科白だ……私情と私怨が入り混じってるじゃないか」
羽根が生えていて身体が大きくても蛇は蛇。トウジローは、寒さや冬に対して苦手を通り越して憎悪を抱いていた。
そして、この手の冷気を操る妖怪に対しても同様だった。
夏でも周囲を冷たくしてくるので、堪ったものではないのだという。
「最も、私怨だけじゃないであります。山を凍らせるような妖怪を倒せば皆を見返せるであります!」
「そう上手く行けば良いけど……」
「とゆーか春輔様? ちゃんと探せてるでありますか?」
「やってるよ。なかなか見つからないけどね。でもヤバそうだったら何時でも逃げる準備はしておいてよ。多分、俺が気絶する」
「ほんっとうに情けないでありますが、言い分は分かるでありますよ。まあでもやはり功を焦りたくなるのも男のサガというもの。見つけ次第突撃であります!」
「やめてよね!? その姿になると本当に好戦的になるよね!」
祈るように春輔は羅針盤を覗き込む。針を付け替えれば風水に基づいて様々な方角を示す陰陽師の道具だ。
今は妖怪の居る「凶」の方角を示す針が取り付けられている。
そして磁針は確かに山の方を指してはいたが、木を隠すなら森の中というわけか気配は雪山に溶け込んでしまっていた。
──ん?
その時。ぐるり、と針が逆の方向を向く。
急に周囲が暗くなる。それが雲ではなく、何かの影と気付くのに時間は要らなかった。
「えっ……?」
振り向いた方角には──巨大な化け鳥が翼を広げていた。赤々とした鶏冠を持ち、ぎらぎらとした金色の装飾を施した飾り羽を広げ、鬼のように太い腕を生やしている。
「何、何なんだよ、あい……つ!?」
トウジローでも、こんな怪物は相手に出来ない。他の陰陽師の助けが必要だ。そのためには此処から離脱する必要がある。頭では分かっていた。
しかし息が出来なくなるくらい胸が強く脈打ち、札を持つ手が震えて判断が遅れた。
化け鳥の大腕がトウジローの身体を蠅のように払う。
「ギャンッ!!」
「トウジロ──!?」
大蛇の身体は大きく傾き──二人は山へ叩き落とされたのだった。
※※※
不意の一撃を食らい、苦手な雪山に落とされたトウジローは完全に意識が朦朧としているようだった。
それどころか、あの爪を食らったであろう箇所が抉れており、紫色に鈍く光っている。
「呪いの爪か……!」
「うぁ……」
苦しむような呻き声を上げて、トウジローは身をよじらせる。今の手持ちの装備では、この呪いを解除する事が出来ない。傷口から身体に入り込み、徐々に心身ともに蝕んでいく代物だ。
上の方から怪鳥の野太い鳴き声が聞こえて来る。
どうやら山の周囲を飛び回っているらしい。何かを探すように。
全身打ち付けて鈍く痛いが、雪の上で衝撃が和らげられたのか平気だ。
トウジローを護符で包み、鞄の中に押し込めた。これ以上彼を寒気に晒すのは危険だ。
かと言って動かなければ、あの化け鳥の妖怪に食われる未来が見える。
(昔本で見た事がある……あのニワトリみたいな頭は
ゾクリゾクリ、と背筋に百足が奔った。
思い出しただけで過呼吸になってしまいそうだ。
あんな巨大な怪物、トウジローも長い生の中でそう何度も見たことは無い。
GPSで登山道までの通路を確保し、下山の目途を付けたその時だった。
凍り付くような妖気を感じた。
茂みがガサガサと鳴る。その奥に、弱り切ってはいるが妖の気配を感じる。
遭遇は避けられないようだった。
「俺が……何とか、しないと……!」
誰の力も借りられない。護符を構え、現れたそれを見て春徒は言葉を失った。
雪のように白い肌の少女が一糸纏わぬ姿で立っていた。
「えっ、あっ、え……?」
頭が混乱する。背格好は、自分と同年代だ。しかし、肌の色が妙に白い。遭難した登山客と言った様子でもない。何処か超然とした目付きで、彼女は春輔を見下ろしていた。
(ゆき、おんな……?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます